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An Artist of the Floating World

悔しいが流行りものに手をだしてしまった。読んだのはKindle for iPhone. だから、この”如何にも”な表紙を見たときは、クスッと笑ってしまった。こういう方が売上がいいんだろうな。「An Artist of the Floating World」は「浮世の画家」となったらしい。浮世は浮世であって、浮世絵じゃないんだが・・・
0571209130An Artist of the Floating World
Kazuo Ishiguro
Faber & Faber 2001-04-09

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開口一番、すいません、かなり辛い読書でありました。確信したのは、Ishiguro氏は日本語はかなりわかるんだろうな、ということ。今時の言葉や日常の崩れ切った話し言葉はさておき、体裁の整ったものであれば、かなりいけるはず。それと、これはどこかで読んだ気がするが、小津安二郎の映画をよく見ていたらしいが、なるほど、だ。が、英語の先に日本語がチラチラと浮かび、悪く云えば、日本語を英訳したのかと錯覚するような英語に、私には思えた。が、そこはイギリス人故、少々デフォルメがかかっている気がして、だからこそ日本人故、違和感があるんだな。過剰なまでに、上下関係や親子関係というヒエラルキーを尊重したまどろっこしい話し方、上の人に対する遠まわしな、でも遠慮し過ぎな話し方、ちょっとジメっとし過ぎる。それらが読んでいてどうも気になり、それがぬぐえないまま、苦しいが読了した・・・という次第。そして、とっても不思議なんだが、登場人物はみな所謂日本人の名前(YamadaとかSuzukiとか)で登場するのに、どうも途中で誰が誰だかわからなくなる。さして沢山の人がでてくるわけではないんだが・・・

話しは戦後すぐ。画家であった主人公は、芸術性を重んじる画家から、戦意高揚の画風に転換するのだが、終戦を迎え価値観が180度転換し、若い世代は新しい意識を持つようになる。老齢の画家は、妻と長男を失くし、娘二人が残っている。この本は彼が語り手となり一人称で進む話し。そこに、「信用できない語り手」手法がとられているため、彼の記憶の曖昧さ、悪く云えば、自身の誤魔化しがあるため、本当のところはよくわからない。彼を毛嫌いする同僚、父の意見に遠慮がちに賛同しかねている娘たち、無意識下の罪悪感などは、読む側で想像を膨らますしかない。彼の画家としての影響力も実際のところは語られているよりも低いのだろうが、自意識が許さない。知り合いの中に、戦中の戦意高揚に加担したものが戦後糾弾された事実を知り、次女のお見合いが、同様の経歴で破談になることを恐れ、過剰に(ある意味滑稽なほど)取り繕う様子もある。しかし、主人公は糾弾されている節もなく、ある意味悠々自適な暮らしにみえるので、おそらく自尊心故に隠蔽している主人公がそこにいるんだろうと想像する。

時代の変化の中で、自身の半生を自分でどう正当化するか?主人公の姿勢は痛々しく悲しいが、我が身に置き換えれば、それは理解もできる。舞台は違うが、確かに「日の名残」と底辺では共通するものがある。

イシグロ氏の中の日本が、よくわからないのだが、どうも英国育ちのという先入観が邪魔をして、重箱を隅をつつくような読み方になってしまった。彼の描く戦後の日本は、彼の主観的な世界にだけ存在する独自のものだと思えばいいんだけど・・・

映画:ショーシャンクの空に

平日夜21:00からにも関わらず、ボーっとTVをつけていたら、ボーっとそのまま最後まで見てしまった。
1994年公開、同年公開されたのは、『フォレスト・ガンプ』や『パルプ・フィクション』や『スピード』、アメリカのアカデミー賞は『フォレストガンプ』に総なめされた。原作はスティーブン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)』。私がタイトルを知っているくらいなので、有名な映画だが、キング先生の原作は面白そうだな。

B003EVW5FUショーシャンクの空に [DVD]
ワーナー・ホーム・ビデオ 2010-04-21

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妻とその愛人を射殺したという無実の罪を着せられ、終身刑の判決が下り、ショーシャンク刑務所に収監された元エリート銀行員アンディの刑務所での20年間の物語。とにかく最後まで眠らずに見続けることができたということは、”見せてくれる”映画ではあった。アカデミー賞と云われると、そこまでのパンチはないかもしれない。安易に『フォレスト・ガンプ』と比較してしまうと、やっぱりフォレスト・ガンプの方が上かもしれない、と私は思う。

時代は1947年だから、現在よりも刑務所の環境は劣悪で、犯罪に対する人々の意識も違っていたと思う。看守や所長は典型的な悪人として描かれるし、刑務所内は、イジメも暴力も脅しも収賄も何でもある。そしてそんな環境であっても友達ができる。”調達屋”のレッド。このあたりもある、ある、だな。元銀行員のアンディがハドリー主任刑務官の遺産相続問題を知り、その節税対策を提案したことから、アンディは刑務所内の図書館で、老囚人ブルックスの助手となるが、目的は所長や刑務官達の税務処理や資産運用をアンディに行わせるため。管理者たちにとってなくてはならない存在となったアンディの存在感は増していき、やがて所長の脱税の手助けをすることになる。

1954年、図書館で一緒に働いていたブルックスに仮釈放の許可が下りるが、50年服役した老人が外の世界で暮らして行けるわけもなく、間もなくブルックは首を吊って自殺をする。何十年と刑務所で暮らし自由を求めることを諦め、そして塀の中という環境に依存して生きることしかできなくなる、というレッドに、アンディは”音楽と希望は誰にも奪えないものだ”と反論するが、レッドはそんなものは塀の中では不要なもの、むしろそれがあるがために、希望が消えた時に辛さを説く。仮出所の希望を何度も挫かれた彼の言葉はもっともだ。さらに新たに入所したコソ泥のトミーが、アンディに濡れ衣を着せた真犯人を知っていると云うが、脱税の秘密をすべて知っている彼を悪徳所長が手助けすることもなく、邪魔なトミーを所長が殺し、ついにアンディは決断する。。。

最後はHappy Endなのはさすがアメリカで、あ~~ここでこの人は死ぬんだな、が予想通りにすすみ、悪者はみな報いを受け、アンディとその友達のレッドは、メキシコへの逃亡に成功する。筋だけ追っていくと、予想どおりの展開だが、この映画はたぶんディテールが面白いのと、伏線を張りながらそれを気持ちよく回収してくれるところがいいのかもしれない。くだらない私事だが、最近見ているドラマはお気楽にみられるNHK朝ドラとか、何だか今一つの大河ドラマくらいしかなかったから、アンディを演じたティム・ロビンスにレッドを演じたモーガン・フリーマンの演技が上手くてそっちに感動してしまった。

カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺

再びAll Reviewsにそそのかされて購入してしまった。
カチンの森という言葉を何となく記憶しているのは、きっとアンジェイ・ワイダ監督の「カティンの森」という映画の記憶だと思う(但し見ていない)。本を開く前に、さらっとネットで勉強してみたが、映画も含めこの事件に関しての記事は相当ヒットした。そして、俄かには信じ難い事件にちょっと絶句した。

4622075393カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺
ヴィクトル・ザスラフスキー 根岸 隆夫
みすず書房 2010-07-10

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長くて恐縮だが、下記が出版元、みすず書房の紹介
1939年8月の独ソ不可侵条約、それにもとづく両国の相次ぐポーランド侵攻、こうして第二次大戦ははじまった。
1940年春、ソ連西部、スモレンスク郊外のカチンの森で、ソ連秘密警察は約4,400人のポーランド人捕虜将校を銃殺した。犠牲者数は、同時期に他の収容所などで殺されたポーランド人と合わせて22,000人以上。職業軍人だけでなく、医師、大学教授、裁判官、新聞記者、司祭、小中学校教師など、国をリードする階層全体におよんだ。
しかしソ連は、犯人はドイツであると主張。さらに連合国もすべてソ連の隠蔽工作に加担し、冷戦下も沈黙を守りつづけた。ソ連が事実を認めたのは1990年、ゴルバチョフの時代。92年になるとスターリンの署名した銃殺命令書も閲覧可能になる。
スターリンが、ポーランドという国自体を地図から抹消しようとした理由は何か。なぜゴルバチョフは、もっとも重要な文書の公開に踏み切れなかったのか。著者は簡潔にバランスよく、独ソ不可侵条約とカチン虐殺の関係、欧米列強の対応と思惑、歴史家の責任、さらにはカチンに象徴されるソ連全体主義の根本的な問題と、ふたつの全体主義国家(ナチ・ドイツとソ連)の比較まで、最新資料を駆使しながら解析する。
日本では類書はきわめて少ないが、欧米では蓄積がある。本書はそのなかでも決定版として評価が高い。今後、20世紀ソ連の全体主義見直しのなかで、ますます重要度を増すことだろう。2008年、ハンナ・アーレント政治思想賞を受賞。


驚くことはあまりに多い。あまりに多くて、それだけで一杯で何故?について思考を巡らす余裕がないほどだ。
・無差別大量殺人 ユダヤ人の虐殺を「民族浄化」とするなら、カチン事件はポーランドの指導者階級虐殺という「階級浄化」
・戦勝国が揃いも揃って、ナチスドイツに罪をなすりつけようとした
・戦勝国の犯罪故、戦後のニュルンベルク裁判でもろくに審議されなかった
・21世紀を迎えるまで事件の真相が公に公開されなかった。あのグラスノスチ(情報公開)を断行したゴルバチョフでさえ、この件については、例外扱いだった。
等々・・・

一国のそれも超大国のトップに立つ人間の気持ちなどわからないが、それはもう普通の精神ではいられないのか?それとも不幸な時代の特異な状況が怪物のような人間を生み出すのだろうか?ヒトラーが生まれ、同時期スターリンが生まれたことは偶然ではないのか?もしくは、これは世界を舞台にしたジェノサイド故、ここまでの事件になるが、私たちの日常において、xxxさえなければとか、xxxさえいなければ、と願ってしまうことと、同じことなのか?今の時代であっても、独裁者政権というものは、存在する。それは昔も今も変わらない。ネット全盛の現代において、こいつは叩いてもよいとなった瞬間のマスコミ挙げての過剰な叩き方は、イジメと呼んでもいい。その巨大化したものが、国際問題までに発展するジェノサイドなのか?それともそれらはやっぱり違うのか?私にはよくわからない。

ドイツとソ連による秘密条約、独ソ不可侵条約は、ポーランドという国を地上から抹殺し、指導者階級を抹殺することで、二度と立ち上がれないようにするソ連と、そのおこぼれを頂戴するふりをして、さらに東に侵攻するドイツとの身勝手この上ない条約であった。どうもスターリンはヒトラーをある種認めていたという記事もあったが、ヒトラーは端から条約を破るつもりだったとしか思えない。更にチャーチル、ルーズベルトら英米諸国も憎きドイツを潰すためなら、ポーランド一国が消滅しようが、スターリンと結ぶ方が得策だった。本によれば当時の状況証拠からして、ソ連の犯罪であったことはほぼ間違いなかったはずだが、チャーチルもルーズベルトも見て見ぬふりを決め込んだ。ソ連とドイツの犯罪の擦り付けあいに、これら二大超大国が少しの正義感を示したならば、カチンの森の真相は、もっと早くにわかっていたのだろうと思う。でも一旦ついたウソをウソだと認めることは、当人たちが生きている限り困難で、しがらみから解放された新しい世代が時代を担うようになるまでは、出来なったのかもしれない。

東西冷戦を見ながら成長した私なんかは、民主主義国家だの社会主義国家だのというイデオロギーの違いも見ていたわけだが、イデオロギー論争もxxxx主義も、茶番じゃない。

歴史は勝者によって造られたもの、という云われ方はよくされる。ヒトラーの罪は罪として、でも彼は叩いてもよい人物になった。何を暴露しようが構わなかった。でもソ連時代の闇はまだまだ明らかになっていないのだろう。ゴルバチョフは旧体質にメスを入れた画期的な指導者だったというイメージが先行しているが、実際のところ彼は”ソ連”の指導者の枠を出ることはできなかったし、国内の権力闘争を収めきれなかったし、ソ連邦解体までは臨んではいなかったろう。戦後70年を経た現在、70年たったら当時を知るものはほんの少しになり、事件も戦争も風化することが懸念されているが、70年経ってようやく認めることができる闇の歴史もある。70年という時間は、そういうことなんだろう。

小さな美徳

すでに刊行されている、「わたしたちのすべての昨日」「町へゆく道」「夜の声」に、このエッセイ集が加わることによって、ナタリーア・ギンツブルグの初期作品の集大成となるらしい。第二次世界大戦末期から終戦直後にかけて、彼女が書き綴ったエッセイ集。もっともよく知られている 『ある家族の会話』 に先立って執筆されたこれら作品を読了したのちには、是非このエッセイを読むべし。読むべしといったところで、本当にギンツブルグは知られていないのだろうな。それでも翻訳し刊行してくれた方々には頭が下がる。

4896425332小さな美徳
ナタリーア・ギンツブルグ 望月紀子
未知谷 2017-07-31

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【第一部】
アブルッツォの冬
破れ靴
ある友人の肖像
イギリス讃歌とイギリス哀歌
メゾン・ヴォルペ
彼と私
【第二部】
人間の子
私の仕事
沈黙
人間関係
小さな美徳


とにかく好きなギンツブルグ のエッセイは、読むのが嬉しい半面、少し怖いような複雑な気持ちで本を開いた。フィクションを読んでいるうちはいい、でもその内面を覗いてみるのは、少し怖いのだ。
夫の流刑地アブルッツォに付き添って暮らした日々のこと、夫とともに仲の良かったパヴェーゼのこと、二度目の夫との日々の会話(デフォルメと自虐が過ぎるように思うが?)、少し住んだイギリスのこと(彼女にしてはかなり辛辣で驚く)、独自の教育論、極論としては彼女の人生観そのものだった。

第二部はxx論の様相なので、比較的平常心で読んでいられるが、第一部は戦中戦後の彼女の暮らしだ。閉塞的で日常の暮らしが否定された時代が舞台だが、作品と変わらないその静かで何かを飲み込んでしゃべっているような書き方には、涙がでそうになる。夏と冬の2つしか季節がないというアブルッツォでの暮らしは貧しいものだった。本物の絶望と不安を経験した者は、小さな希望にも疑念を抱き、ありきたりの日常にさえ浸ることができない。それでも、夫を失った後に振り返るそこでの暮らしは、生涯最良の時であったという。

自分の仕事に信念を持つこと。「小さな美徳」の章で彼女は”天職”という言葉を盛んに使っている。じっとうずくまり、すべてを飲み込んで過ごした日々の果てに、でも彼女は”書くこと”だけは愚直に真摯に続け、それが天職だと言い切る。書くことが生きることだった彼女の人生は、結果作品を読むことしか出来ない読者に読書以上のものを投げかけているようだ。今更、私が居住まいを正せるものでもないのだろうが、時にはギンツブルグの存在を思い出すくらいのことはしなくては、と思う。

山師カリオストロの大冒険

All Reviewsなるサイトを鹿島茂氏が立ち上げたらしく、最近毎日見ている。これは、インターネット書評無料閲覧サイトで、活字メディア(新聞、週刊誌、月刊誌)に発表された書評を再録してくれるものらしい。書評のアーカイブですね。もちろんサイトそれ自体が存在することが凄いのだけれど、さらにいいのは、過去にまでさかのぼってくれるところ。既に逝去された方のレビューであっても読むことができる。澁澤龍彦氏や、米原万里さんの書評もある。この種村季弘氏の本の書評を書いたのが、同志(?)澁澤龍彦氏。今となってはもう実現できない豪華コンビ。

4006020678山師カリオストロの大冒険 (岩波現代文庫)
種村 季弘
岩波書店 2003-03-14

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私の読書感想文など読んでも仕方ないので、「山師カリオストロの大冒険 (岩波書店)」に飛んで、澁澤氏のお言葉を読んでください。で、以下は蛇足も蛇足。

そもそもカリオストロと云われ、ルパン三世のカリオストロ伯爵か、モーリス・ルブランの「カリオストロ伯爵夫人」しか浮かばない私には、この本はまだ早かったのだ。 種村季弘氏を知らぬわけはないが、彼の魔術、神秘学研究をぶっ飛ばし、評論をぶっ飛ばし、彼の翻訳したドイツ文学を少々読んだくらいの若輩者には、そもそもが恐れ多かった・・・と読み始めてすぐ反省したが、反省は反省として、とにかく最後まで読んだ。

カリオストロ伯爵は、本名ジュゼッペ・バルサモ、シチリア出身の稀代の詐欺師。貧しい家の生まれで、手の付けられないほどの不良少年で故郷にいられなくなって逃げ出したらしい。時は18世紀、フランス革命の御時代だ。カリオストロは医師、錬金術師、山師などいくつも肩書があるが、偽名を使いヨーロッパ各地を放浪し、どうも人心術に長けた人のようで、上流階級に紛れ込み、金持ちから金を巻き上げていた。但し、巻き上げるだけではなく、貧しいものには無償で医療を施し、おまけに金銭まで与えて帰したというから、一時的には人民に物凄く人気があったりするが、似非医療や似非錬金術がばれそうになると、すたこらと次の地へ逃げたので、同じところに3年ととどまらなかったらしい。

カリオストロが紛れ込んだ上流階級の最高峰は、時のフランス王室、ルイ16世の御代だ。そこでかの有名な「首飾り事件」に関わったことによる。そもそもこの「首飾り事件」という事件を知ったのは、なんのことはない、漫画「ベルサイユのばら」を子供の頃にちゃんと読んだからで、漫画とはいえ、この「ベルサイユのばら」はその後、私の試験勉強や読書にどれだけ役立ったことか!今回も、首飾り事件の章は、まこと見事にスラスラと読めたのだった。事件の首謀者、ジャンヌ・ド・ラ・モットが事件には無関係だったカリオストロ伯爵を真犯人として告発したことから、事件に巻き込まれることになったのだが、結局カリオストロ伯爵は無関係として、後に釈放されフランスを追放された。追放後は、どうもパッとしない人生だったようだ。そして教皇庁のお膝元ローマでエジプト・メイソンリーのロッジを開いたことをとがめられ、逮捕され、異端審問にかけられたのち、1795年に獄死した。

嗚呼なんて人生。。。。彼の魔術も錬金術も医術も、どう見ても子供騙し。美顔水や若返り薬を作るからと金持ちのだが、あまり美しくないご婦人に近づき、研究費を出させ、金をもってトンずらするとか、小粒の真珠をかき集めて、超巨大な真珠玉を作り上げるとか、子供の悪戯のようだ。

と、この程度が私の感想だが、これだけだと本に失礼で、本当は(笑)、当時の代表的な知性ともいえるゲーテが、カリオストロの生家を訪ねて『イタリア紀行』に書きあらわし、彼をモデルにした喜劇『大コフタ』を作り上げるほどに心酔した理由とか、18世紀後半と云う大きく時代が転換した時期に人々がこの詐欺師に熱狂した理由----を読み解かなくちゃいけない。これがよくわかんなかったので、種村氏は私には早すぎた。

Nobel prize in literature 2017

さて昨年は、Bobのビックリ受賞だったが、今年のビックリマグニチュードはそれよりは低い。でも、相変わらず、ノーベル文学賞には順当な受賞はなく、へえーーだね。

今年も、記事はGuardianから。日系イギリス人ということで、日本での知名度も高い彼の受賞は大ニュースだけれど、あくまで彼は、イギリス人だから・・・
Kazuo Ishiguro wins the Nobel prize in literature 2017

this is a bit of a cheek for me to have been given this before them.
Cheekってこうやって使うのね!って勉強した。そういえば、Cheekyって形容詞があった。themはまだノーベル賞を手にしていない諸先輩方のこと。

ニュースを聞いた第一印象は、若いのにもう・・・だった。まだ62歳だ。彼が、ノーベル賞候補と云われながら、まだ受賞していない諸先輩方に遠慮する気持ちはわからなくもない。でもそれを言葉に出して云うって事にちょっと驚いた。ノーベル賞は生存している人限定なので、私の大好きなタブッキだって、生きてさえいれば絶対受賞できたと私は今でも思っているから、出来れば年功序列は尊重してもらいたいのが私の意見。村上氏は68歳になってしまい、どうもイシグロ氏とも仲がよいようで、そんなことで、関係が崩れることもなかろうが、年功序列が気になる私。それで行けば、Margaret Atwoodに受賞させてあげたかったなあ、と思うんだけど。。彼女は70代後半だと思う。

そして、それから何に驚くかというと、出版界の大フィーバー(言い過ぎか・・・)。本人はともかく実際に誰も予期していなかったわけで、早川書房からの注文で、現在ワッセワッセと印刷機が回っているのだろう。本屋チェックはしていないが、嬉しい悲鳴なので、水を差すことは控えるけど、イシグロ氏はイギリス人だからね!彼の作品はガイブンだからね!、あくまで皆さまが読むのは、読みにくいと評判の翻訳本だからね!!日本のニュースは5歳まで過ごした日本での生活が彼の作家人生の基本になっているくらいの勢いで紹介しているが、イシグロ氏自身は日本での記憶はほとんどなく(当たり前だ)、自分のルーツが日本であってもそのDNAをどこまで引き継いでいるのかははなはだ疑問 (水を差すわけじゃないが)。

実は私はイシグロ氏の本は1冊も読んでいない。人気者は避けていたらこんなことになっていた。でも映画になった「The Remains of the Day」は見ている。「Never let me go」も何となく粗筋くらいは知っている。こんなに人気になってしまったらますます手が出せなくなるが、どうも聞くところによると、彼の作品は英語でもそれほど難解ではないらしい。実はこんな作品があるらしく、密かに評価が高いという。
「An Artist of the Floating World」
Kindleなら品切れはないので、Kindleで読もうかな?

とにかくおめでとうございます。去年のBobでは出版界はさして潤うことがなかったので、今年はしばらくお祭り騒ぎだね。それはそれでよいことです。

未来いそっぷ

実家の本棚を物色していたら、こんなものが出てきた。失礼ながら時間潰しに読み始めてみた。執着して読んでいたわけではないが、日本人なら誰でも(笑)一度は、星新一のショートショートを読んでるはず、と私は決めてかかっている。私だって(覚えちゃいないが)子供の頃や学生時代2冊や3冊読んでいると思う。四半世紀以上経て、改めて読む星新一はどんなだろう?

4101098263未来いそっぷ (新潮文庫)
星 新一
新潮社 1982-08-27

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星新一をWikiで検索してみた。昔は本が面白いとかそういうことしか見ていなかったが、どんな人物がこんな作品を生み出せたのだろうと、興味を抱かせるショートショートだということに気づいた。
星新一は大正15年、1926年の生まれだから、軍国主義に染まりきった時代に学生だったことになるが、どうも軍事色は嫌っていたようだ。可笑しい話しではあるが、ゲラゲラと笑うものではなく、寓話的ではあるが、攻撃的な批判ではない。文体も極めてシンプルで、稚拙にさえ見えるのに、軽薄な感じはなくむしろ品を感じる。悪人も描かない。

ショートショートの大人気SF作家は、普通に考えると大衆作家と化して、ブンガク的ではないと思われそうだが、彼の場合、そうも言いきれない。下記はWikiからのコピーで、筒井康隆の評。
星の作品について、ストイシズムによる自己規制と、人間に対する深い理解、底知れぬ愛情や多元的な姿勢が、彼の作品に一種の透明感を与えている。その一方で日本人が小説において喜ぶような、怨念や覗き趣味、現代への密着感やなま臭さや攻撃性が奪われ、結果として日本の評論家にとっては星の作品が評価しづらくなり、時として的はずれな批評をされることになった。

私には至極納得のコメント。敢えて未来を予言したわけでもなかろうが、技術が飛躍的に進歩してしまった現代になって、やっと世の中が星新一を理解できるようになったと思わせる位の、先見性もある。

こんなショートショートを1000篇以上も残した彼の人物像にはやはり興味はあるし、探せば、”人間・星新一”の本もあるのだが、それは読まずにいようと思う、少なくとも300篇くらい読んでからにしよう。それを知って、その人間・星新一を通して、彼の作品は読んではいけないような気がする。それが色眼鏡ではないにせよ、やっぱりそれはない方がいいんだろうな。

で、どれが面白かったのかと云うと、どれも面白かったのよ・・・

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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