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The Man Who Wouldn't Get Up and Other Stories

邦訳がつい最近発売されて(邦題:起きようとしない男)、ああ~~と思い出したDavid Lodge.

「The British Museum is Falling Down」やら、「Small World」やら、「Changing Places」やら、「Nice Work」やら、「Paradise News」を読んでみたが、それもかれこれ5年も前の話しだった。このオリジナルは1990年代の終わり頃発売されているようなので、邦訳がようやく・・・の本。Lodge先生には珍しい(と思う)短篇集。

1784704687The Man Who Wouldn't Get Up and Other Stories
David Lodge
Vintage Books 2017-02-28

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以下8篇収録:書かれた時期は1950年代から最新のものでは21世紀に突入したものもあり、時代背景もそれぞれ。
The Man Who Wouldn't Get Up
The Miser
My First Job
Where the Climate's Sultry
Hotel des Boobs
Pastoral
A Wedding to Remember
My Last Missis


Lodge先生の本は、私なんかには一生に一度ここでしか絶対に出会わないんじゃないかと思われる単語が多すぎる。長篇だとそのあたりは見なかったことにしてもどうにかなるが、短篇は迷子になったまま話しが終わってしまうことがある。真ん中2篇は中弛みしたが、でもそれ以外はどうにかなった(どうにか・・・)。今までの作品の印象からすると、この短篇集は相変わらずだなあ・・・という気持ちが湧く半面、ちょっとおとなしい感じはする。おとなしいは、ドタバタ具合やどんでん返しの程度のレベルを云うのだが、おとなしいだけにどこか深淵な雰囲気も漂う。カトリック教義ももれなく随所にでてくる。そして、やっぱりどこへ行っても何だかちょっと滑稽な英国人が可笑しい。

一番面白かったのは、タイトルにもなった『The Man Who Wouldn't Get Up』。チックリットみたいで一番すんなり読めたのは『A Wedding to Remember』。チックリットみたいと思っていたが、終わり方はただのチックリットじゃなかったところが、ちょっとアカデミック風。
 
”起きようとしない”という発想も凄いが、これにInspireされて作ってしまった家具(?)がこれ。
For The Man Who Wouldn’t Get Up – Hommage to David Lodge
Lodge先生のおひざ元、バーミンガムのアートギャラリーにあるらしい。マッサージで使うような穴のあいたところに顔をはめ込み、書いたり読んだりできるそうだが、食べる時はどうするんだろう?とっても飲み込みずらそうだ。『The Man Who Wouldn't Get Up』は、怠惰で起きないわけではなく、生きることに厭きてしまった男。どこまで厭きればいいのか私には一生わからないだろうが、起きないという決断は、いわば人生放棄で、そこが単に笑って終われないLodge先生の本。

新アラビア夜話

Robert Louis Balfour Stevensonと云われ、『宝島』 『ジキル博士とハイド氏』 と云われ、これだけ有名だがどちらも読んでおらず、知っている気になっていたが、実は知らない。スティーヴンスンについて、つらつらとググってみたが、なんだかぼーっとした印象。

B00H6XBDA0新アラビア夜話 (光文社古典新訳文庫)
スティーヴンスン 南條 竹則
光文社 2007-09-20

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短篇集というよりは、2篇の連作。
『自殺クラブ』
    「クリームタルトを持った若者の話」
    「医者とサラトガトランクの話」
    「二輪馬車の冒険」)、
『ラージャのダイヤモンド』
    「丸箱の話」
    「若い聖職者の話」
    「緑の日除けがある家の話」
    「フロリゼル王子と刑事の冒険」


2篇に共通して登場するのは、ボヘミア王子のフロリゼル王子と、その部下ジェラルディーン大佐。二人はロンドンに滞在して身分を隠して、探偵ごっこのようなものをやるのだが、出ずっぱりというより、事件に絡んで時々登場・・・位の頻度ででてくる。19世紀ロンドンに滞在するちょっと異国の雰囲気を漂わせるボヘミア王子が、”新”アラビア色なのかな?

7篇にはそれぞれひとり主役(?)が現れるのだが、それが総じてちょっと間抜けというのが、可笑しい。話しはミステリ仕立てなのだが、時代といい”アラビアンナイト”といい、どこか優雅。某国の王子様故、優雅すぎて何が起きてもあまり危機感がなさそうだが、それも一興で、高貴なお人でありながら、正義感の葛藤もあったりして、結末は一種のHappy Endだが、それもそれでいいかな。

ネタバレになるが、ラージャのダイヤモンド事件の決着後、最後の最後で意外なオチがある。フロリゼル王子があまりにも祖国をないがしろにしていた間、ボヘミアでは政変が起き、王子様は国外追放の身になり、落ち着いた先はロンドンで煙草屋の店主になる。煙草屋といっても、日本の煙草屋をイメージしてはならず、シガーバーみたいなもんだろうが、そこでも相変わらず優雅なご様子。スティーヴンスン 、洒落たことをしてくれる。

何度か書いている気がするが、光文社古典新訳文庫は、本当に読みやすい。字が大きめで、行間広目で訳も良い意味で今時になっている。20-30年前に出版された本だとか、昔の岩波文庫に遭遇すると、あ~~また今度読もう・・・と一旦後回しにすることもある中で、光文社古典新訳文庫だと、まあ、読んどくか・・・の気分になれる。本読みは時に自虐的に敢えてとっつきにくい本を読むことで、自分を戒めていたりするのだが、光文社古典新訳文庫が目の前にあると、その字面のとっつきやすさに惹かれてしまう。これで古典名作に手が延びるなら、光文社の思う壺になってもいい。

異形の愛

その道(?)では有名な作品らしい。私が読んだのは、今年河出で復刻されたバージョンで、元は今は亡きペヨトル工房という出版社から発売されたが、その出版社が営業停止し、絶版となり入手困難になったとか。。。帯にもこうある。 ”偏愛される伝説の名作”

4309207286異形の愛
キャサリン ダン Katherine Dunn
河出書房新社 2017-05-24

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下記のご紹介は、ペヨトル工房版からの引用。
人間存在の根源を問う、全米図書賞候補作。フリークス版『百年の孤独』。傾きかけたサーカスの団長が計画した「お金をかけずにサーカスを再建する方法」とは、妊娠中の妻にありとあらゆる毒薬を飲ませて、見世物用のフリークスを誕生させることだった。親に望まれて生まれたフリークス同士の切なくも哀しい「異形の愛」は、信者自らが手足を切り落とすという破壊的な身体損傷カルトを生み出してしまう。からだの異形とこころの異形、ふたつの異形が交差する愛と憎悪の行きつく先は…。

ゲテモノの見世物”ギーク”を売り物にアメリカ中を巡業して回るビネウスキ一家の物語。母は妊娠中にありとあらゆる毒物を摂取し、揚句に放射能(だったかラジウム光線だったか)まで浴び、一家で自らフリークスを誕生させようとしている。そして結果生まれた長男アーティは両手足のない“アザラシ少年”、エリーとイフィーの姉妹はシャム双子、語り手のオリーはせむしでアルビノ、弟のチックは見た目はノーマルだがテレキネシス能力を持ち、念力で物体移動させることができる。フリークショーというのは、アメリカなんかではあるそうだが、身体的な奇形とそれゆえに持つ能力やパーフォーマンスを、普通ではないユニークな存在として崇め奉る一家を主軸にそえると、実はそれが普通になってくる。そういうことなのだと気づくけば、そこにあるのはある一つの家族だ。

エログロかと云われると難しいところだが、ある種のグロはあるが、エロはあまり感じられない。そのグロだが、「城の中のイギリス人 」に比べたら、何のことはない。フリークスを身体の歪みととらえるなら、歪んでいるのは身体ではなく、むしろ精神の方だ。ビネウスキ一家の世界は、私が通常いる世界とは価値観が真逆だ。服の違い以外に違いがわからぬような普通の人間には価値がなく、どれだけユニークであるかが最も大切。だから、ママが生んだ赤ん坊の中には、普通のフリークスだからと命を絶たれた赤ん坊がいる。そして、その子らは”あなたたちの兄弟よ”と云われ、ホルマリン漬のまま一家とともに住んでいる。語り手のオリーは、ただのアルビノで背中にコブのある小人で、そんな普通のフリークスであることに、劣等感を感じている。

最後になってわかることだが、この話しは、語り手オリーが自分の娘へ残した遺書だ。現在と過去が混じる構成だが、この娘の出生の秘密と、なぜ母であることを隠して、それでも娘に近づき見守っているかという謎への答えが、悲劇のビネウスキ一家の物語の最期を飾るものだ。途中まではちょっと変わってはいても子供を愛するママとパパと子供たちの話しだが、長男のアーティーが暴走を始めてから、物語は一気にグロテスクさを増していく。信奉者に囲まれ、カルト教団の神のような存在になったアーティーには誰も逆らえず、手出しができない。盲目的に従う膨大なる信徒だちは、アーティーと同じ身体になるべく、手足を切り落とす。その手術をテントの中で繰り返し、テレキネシスを持つ末っ子のチックはその手術助手となる。自分に反抗するシャム双生児の双子を、植物人間にしてしまうアーティー、そんなアーティーに絶対服従のオリーとチック。そしてそんな歪んだ精神が、最後は一家を崩壊へと導く。

一家が崩壊した後辛うじて生き残ったのは、オリーと気が狂ってしまったママだけだった。そしてオリーの最期の盲信は、娘を傷つけようとしている女性を殺すこと。過激なフェミニストであるその女性は、女性らしさを敢えて破壊して男性に従属する生活から脱却すべきだと唱える。そして女性たちを支援し、金を出して自立させると云いながら、実は自分より美しい人を醜くする手術を施し、そしてその手術の映像を残し観て楽しむという歪んだ女性であることをオリーは発見する。娘を守るためこの女性殺害を企て、オリーは巻き込まれて死んでしまう。

それぞれのエピソードは確かに尋常ではない。オリーの娘の出生の秘密も吐き気を催すようなものだ。歪んでいるけれど、愛だと云われればそうなのかもしれない。一家崩壊後、オリーの世界は逆転し、ユニークなフリークであることで、世間から奇異の眼で見られる世界に生きることになる(つまりは、私たちの世界だが・・・)。物語の大半を占めるサーカス一家のエピソードより、最後にどうも心に引っかかるのは、所謂普通に見える人間が実は歪んだ精神の持ち主であったということ。歪んだ兄アーティーに盲目的な愛を注ぎ、そして自分の娘を守るため歪んだ普通人を抹殺する。どっちも愛なら、あまりにも痛すぎるだろう・・・

だからこれが一家の愛の物語だと云われれても、私はどうも素直にうん。。とは云えない。が、間違いなく面白かった一冊。

モーテル・クロニクルズ

先月27日、サム・シェパードが亡くなった。まだ73歳だった。彼の悲報を聞いて、あ~サム・シェパード・・・と思ったのに、なぜサム・シェパードが私にとってちょっと特別だったのか、いまだに思い出せない。思い出せないが、気になるので、彼の本を調べてみたら、これが見つかった。

4480830863モーテル・クロニクルズ
サム シェパード 畑中 佳樹
筑摩書房 1986-10

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サム シェパード私は俳優としての彼しか知らなかったが、劇作家でもあり、1979年には戯曲『埋められた子供』でピューリツァー賞も受賞している。彼が出演した映画一覧を見たが、特に映像の中の彼の印象はない。唯一といっていい情報は、ジェシカ・ラングの旦那だよね、ということ。でも顔はすぐに思い出せた。多分こういうタイプの顔好きなんだろうな。というか、この顔以外のサム・シェパードが思いつかない。

彼が脚本を書いた「パリ・テキサス」は、ヴィム・ヴェンダース監督がこの本を読んで映画の着想を得て、サム・シェパードに脚本を依頼したらしい。この本、自叙伝と呼ぶにはあまりにもノンフィクション色がなさすぎる。散文と詩、そして数枚のモノクロ写真、1978年8月から1982年5月までのたった4年間のエッセイだ。この時期彼は何をしていたかというと、劇作家としての活動に加え、映画への出演がり増えた時期で、サンフランシスコ郊外の自宅とテキサスやシアトルの撮影現場との間を行ったり来たりするモーテル暮らしが続いていたらしい。

日々の暮らしというよりは、極めて内省的な色合いが強い独白、そして彼を知らない人間にとって、その独白が実際何を意味するのか推し量るのも難しいような文章。クロニクルズといいながら、収められている断片は時系列に並んでいなくて、それがなおのこと、難しさに拍車をかけている(まあ、敢えてそういう構成にしたんだろうが)。エッセイの後に時折挟まれる詩は明らかに、そのエッセイのことなのだということはわかるが、詩の方がかえってダイレクトな表現のように感じたのが、ちょっと不思議だった。でもこれって、どう見てもロードムービーだよな。

決して非難しているわけではないのだが(笑)、どちらかと云えば体制派に属さない彼にあってさえ、この本はアメリカの匂いがプンプンする。大都会ではないアメリカ、陽光降り注ぐアメリカではなく、寂れたモーテルに汚い安酒場に荒涼とした砂漠が広がるアメリカだ。NYやLAの究極にあるようなアメリカだが、そこはずっしりとアメリカだ。

・・・だから、サム・シェパードはやっぱりカッコいいのだけれど、アメリカが苦手は私はこの本が醸し出す匂いはすっごく好きにはなれない。

復讐

まだ残っていた『書物の王国』シリーズ第16巻の「復讐」。クソ暑い夏を少しでも涼しく乗り切ろうと、怪談話の代わりに復讐劇で肝を冷やそうとしたが、背筋が凍るようなことはなく、このアンソロジーはやっぱりいいなあ・・・とのんびりとしてしまった。

4336040168復讐 (書物の王国)
ヘンリー ジェイムズ
国書刊行会 2000-08

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「骨仏」 久生十蘭
「心臓料理」(ボッカッチョ『デカメロン』)
「伍子胥列伝」(司馬遷『史記』)
「復讐鬼」 南条範夫
「サノクス令夫人」 The Case of Lady Sannox コナン・ドイル(Conan Doyle)
「牝猫」 The Squaw ブラム・ストーカー(Bram Stoker)
「人虎報仇」(蒲松齢『聊斎志異』)
「ブーレマンの家」 テオドル・シュトルム(Theodor Storm)
「復讐」 三島由紀夫
「熊狩り」 ウィリアム・フォークナー(William Faulkner)
「スレドニ・ヴァシュター」 Sredni Vashtar サキ(Saki)
「牛人」 中島敦
「復讐」 川端康成
「曾我兄弟」 西条八十
「武道伝来記 (抄)」 井原西鶴 訳::須永朝彦
「蟲臣蔵」 山田風太郎
「九州と東京の首」 長谷川伸
「或る女の復讐」 La Vengeance D'une Femme ジュール・バルベー=ドールヴィイ(Jules Barbey d'Aurevilliy)
「スターニスラワ・ダスプの遺言」 Der letzte Wille der Stanislawa d'Asp H・H・エーヴェルス(H. H. Ewers)
「続立腹帖」 内田百閒
「損なわれた青春」 ラドヤード・キップリング(Rudyard Kipling)
「ノースモア卿夫妻の転落」 ヘンリー・ジェイムズ(Henry James)
「梁氏の復讐」 元遣山『続夷堅志』  訳::岡本綺堂


と云うわけで、あまり暑気払いの役に立つようなものはなかったが、一番寒くなったのは、南条範夫の「復讐鬼」。 そもそも身体的に痛そうな描写が苦手な私にとって、片目を焼くとか、指を潰すとか、耳や鼻を削ぎ落とすといったリンチまがいの行為をし、でも死に至ることはないというのは、怖い。そしてそれが怨念と”因果は巡る・・・”的な動機で行わるとさらに怖い。眼をそむけたくなるような醜悪な身体にされた人間を無意味な使役に延々とつかせる。ここからは人間の尊厳を崩壊させるような仕打ちで、人格や尊厳を徹底的に破壊する行為が、復讐の最たるものなのかも知れない。これは実話だという書き込みも見たが、日本における古式ゆかしい復讐も、中世ヨーロッパの騎士道もある種の正義なのだが(忠臣蔵や決闘の類い)、その正義感は現代で社会的に認められようが認められなかろうが、時にスカッとすることも正直事実であったりする(人間って怖いねぇ・・・)

これを読んでしまうと、初っ端の久生十蘭の 「骨仏」なんぞは、かくも美しい復讐だし、ブラム・ストーカーの「牝猫」などは、復讐する猫に同情し見事成し遂げた暁には、アッパレ!と叫んでしまいそうになる。 復讐される人間様があまりにもおバカに描かれているのは、当時のヨーロッパ人がアメリカ人を馬鹿にしていた証拠なのかと、そこを笑ってしまう。ちなみに、ここで使われた道具は、「血の伯爵夫人」にでてきた「鉄の処女」なる拷問具なのかしらん?

既読は、「スレドニ・ヴァシュター」 サキ、「或る女の復讐」 ジュール・バルベー=ドールヴィイ、そしてヘンリー・ジェイムズの「ノースモア卿夫妻の転落」  (だと思う)。地味ながら「ノースモア卿夫妻の転落」 再び読んでも面白い。「牝猫」はさておき、それ以外は、人間の復讐劇で、復讐というものは、その手段が問題ではなく、そこに至る心理描写の妙なのだとしみじみ思う。暑気払い目当ての読書は結局、人間の怖さを味わされ、そして暑気はさらなるパワーで襲い掛かってくる (あ~~暑い)。

悪党どものお楽しみ

Percival Wilde (1887年3月1日 - 1953年9月19日)は初。現代の方かと思っていたら、案外昔の人だった。基本は劇作家ですな。「クイーンの定員」にも取り上げられ、日本では江戸川乱歩も絶賛したというから、どんなもんかと思って買ってみた次第。なかなか心地よいユーモアだったなあ。

4480434291悪党どものお楽しみ (ちくま文庫)
パーシヴァル ワイルド Percival Wilde
筑摩書房 2017-03-08

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賭博師稼業から足を洗い、農夫として質実な生活を送っていたビル・パームリーが、ギャンブル好きでお調子者の友人トニーに担ぎ出され、凄腕いかさま師たちと対決。知識と経験をいかして、ポーカー勝負のあの手この手のいかさまトリックや、思い通りの目が出るルーレット盤の秘密をあばいていくユーモア・ミステリ連作集。新訳「堕天使の冒険」を追加収録した完全版。

【収録】
シンボル
カードの出方
ポーカー・ドッグ
赤と黒
良心の問題
ビギナーズ・ラック
火の柱
アカニレの皮
エピローグ
堕天使の冒険


ビルがカッコイイとネットでの評価はもっぱら大うけの様相。人は良いがかなり間抜けなトニーとのコンビは、よくある凸凹コンビながら、そこに可愛くて賢いトニーの奥さんも絡んで、なかなかのコンビネーション。時代は、アメリカの禁酒法時代で、そのヤバい時代には、博打は切っても切れない関係。

惜しむらくは、その古き良き時代のアメリカ色があまり滲みでてきていない(原文なのか翻訳なのか?)。思うに、それって一冊前に読んだのが、ウッドハウスだったからかも知れない。あの翻訳は、好みはあるにせよ、訳者が独自の世界を作り上げていて、脚色だってしちゃっているかもしれないが、でも楽しい。この『悪党どものお楽しみ』には、ちょっと色気が足りないのよね。。。

なんもかんも出来過ぎのビルが嫌みにならないのは、「シンボル」で語られた彼の暗い(?!)過去のせいかもしれない。賭博師の放蕩息子が絶縁状態の実家に戻るが、父は拒絶する。が父と勝負をして勝てば、家に戻ってきてもよいと云われる。この一篇だけに登場するビルの父は、実はビル以上にカッコイイのだ。だからビルがその後、農夫でありながら、いかさま達と対決し、そのいかさまをスマートに(スマート過ぎるのだ)暴くのも、納得してあげられるし、ちょっとおバカキャラのトニーをバカにしたような言いぐさも、許してあげる。

引き続きPercival Wildeを読んでみよう(英語のオリジナルはどのくらい難しいのだろう??)

お呼びだ、ジーヴス

11ヶ月ぶりにジーヴスもの。
云われてみれば、帯にそう書いてあったが、これは番外篇。何が番外かというと、バーティーが登場せず、ジーヴスはバーティーのお友達に使える身として登場。で、バーティーはどこにいるのかというと、自活への道を模索すべく職業訓練学校へ通学している(?!!!)という設定。そしてこの本はそもそも、舞台劇「カモン、ジーヴス」を小説化したもの。

4336053006お呼びだ、ジーヴス (ウッドハウス・コレクション)
P.G. ウッドハウス P.G. Wodehouse
国書刊行会 2011-01-01

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読み始めて気づいたなんか変?は、バーティーがいないことだけでなく、三人称で話しが進んでいることだった。いつもだって、どこの貴族のご子息だかご令嬢だかが一杯でてくるが、何だか今回は頭に入ってこない。前半1/3は、調子に乗らないまま進む。今回ジーヴスが仕えたのは、貧乏貴族第9代ロースター伯爵ウィリアム(ビル)・ロースターで、大好きな女の子と結婚するために、屋敷(しょぼくはないが、貧乏故メンテが行き届いていない)をアメリカの大富豪に売ろう!という計画が筋。このアメリカの大富豪スポッツワース夫人は、二人の夫に先立たれ、その都度遺産が転がり込んで、使い道に困り、アメリカのような新興国にはないような、古式ゆかしい英国情緒あふれるお屋敷を金にあかせて買っちゃおうとしている。そこに絡むのが、スポッツワース夫人に惚れてしまった白人ハンターキャプテン・ビッガーや、ビルの婚約者のジル。ビルのお姉さま夫妻。周りを取り囲むキャラクターたちはいつもウッドハウスの面々で、相変わらずちょっと怖い女性陣に、人はいいが、間抜けな男性陣というパターンで、そのあたりは安泰。

しかし敢えてなのか、ジーヴスが冴えない。キレが悪いというのではなく、捻りがない。ジーヴスにしてはちょっと雑。。。仕えているふりをして、実はジーヴスが主人を手のひらでコロコロと転がす様が薄れている気がする。まあ、シリーズ愛読者としては、たまにはこんなんもヨイかなと許している。とはいえ、ロースター伯爵の藤紫色のパジャマは許し難かったあたり、脳みそがちょっとブレても、ファッションセンスはいつも通りなので笑える。

ジーヴスがはしゃぐのは、何だかんだいっても更にはしゃぐバーティーがいてこそだったのだとしみじみ思う一冊。

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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