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愛しのグレンダ

短篇の名手、Julio Cortázar後期の短編集。以前読んだこの短編集から察するに、期待度は相当高い。彼の作品は、「日常に潜む幻想」と集約されて語られるみたいだけど、「肥大化した妄想」と言ったほうがいいんじゃないか?恐怖も在り得ない恐怖なら怖くないけど、日常に潜んでいるから怖い。でも潜むというより、歪むと言った方が合っている。読んでいるとどんどん世界が歪んでくる。
愛しのグレンダ愛しのグレンダ
(2008/01/28)
フリオ コルタサル

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下記短篇を収納
 猫の視線
 愛しのグレンダ
 トリクイグモのいる話
 ノートへの書付
 ふたつの切り抜き
 帰還のタンゴ
 クローン
 グラフィティ
 自分に話す物語
 メビウスの輪

日常に潜む幻想ということでは、この後期作品集も変わらないけど、どこかユーモアが混じり、着想の奇抜さで ”面白く” 読ませていた以前の短篇からは大きく作風が変化している気がする。短い話しの中で語り手が移り変わり、視点が移り変わり、構成も文体も技巧を尽くし、物語が進むにつれ、作者Cortázarの意識下の世界が闇の中で拡大していく。私にはもうついていけない。Giorgio de Chiricoのシュールな絵を眺めながら、絵の中に吸い込まれ、そこは4次元空間だった、これが本を読みながらの私の幻想体験のイメージ。

Cortázarは政治活動に関与し始めてから作風が変化している、と解説にあったけど、読み方によってはラテンアメリカの独裁政権の匂いを感じ取れる。でも私はあまりにもリアリズム寄りの本は苦手だから、その解釈は無視して、歪んだ日常の果ての4次元空間に浸ることにしたい。それにしてもこれら短篇集はどうにでも解釈できそうだし、読むたびに何か違う世界が隠れていることにきっと気付く。今だって十分怖いのに、まだ恐怖が隠れていると思うと、もっと怖くなる。「再読しなきゃ、リスト」にいれるべき本だな。

Cortázarの代表的な長篇小説「石蹴り遊び」を最近入手した。無理せずとも文庫本でも出ているのだけれど(えらい高い値段がついているけど)、集英社の世界の文学シリーズの、ケース入りごっついハードカバー版を買ってしまった。家に届いた瞬間に ”そのうち読もう” 本に格上げ決定。
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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

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