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塩の像

本日はお休み、といっても、義務の健康診断を午前中こなし、午後はパソコン開いて家で仕事する羽目になっていたので、それではあまりに悔しいからと、丸善オアゾに寄り道してきた。まず腹ごしらえは4FにあるM&C Cafeで、元祖(らしい)早矢仕ライスを食し、そしてカフェの脇にある松丸本舗(丸善と松岡正剛氏との共同プロデュースによるショップインショップ)にしばし入り浸る。この松丸本舗、何とも罪作りな本屋で手ぶらで退散は出来ない。新刊は買わない(?)誓いはどこへやら、3冊ほどお求めになってしまった。その内の1冊、見つけてしまった「バベルの図書館」シリーズ。このシリーズは古本市場ですら入手不可能なものも多く、版によっては法外な値段もついているから全て揃えるのは無理というもの。この「塩の像」が定価(¥1,800)で買えた。Amazonは¥4,749にもなっている。会社を休んだご褒美だ。久しぶりの衝撃的な本で現在まだショック状態。
ルゴーネス―塩の像 (バベルの図書館)
塩の像
 
「バベルの図書館」シリーズはボルヘス編纂の全集で、すべての巻は彼自身の序文で始まる。Leopold Lugonesは全く知らなかったけれど、ボルへスが師と仰ぎ敬愛した人物らしい。彼の序文に何か躊躇のような、歯切れの悪さのようなものを感じたのは気のせいか?

以下、本の解説を要約したルゴーネス像。
「1900年から1930年にかけてのアルゼンチンの詩人は皆、ルゴーネスを見出し、ルゴーネスから出発し、ルゴーネスに反発し、ルゴーネスを支持した。」 アナーキストだった彼は、国粋主義的、ファシスト主義的な姿勢を強めていく。それは当時のアルゼンチンが、アルゼンチンの歴史や文化とは無縁の、30%にものぼる下層階級に属する移民から構成されていたという背景によるらしい。ルゴーネスは始まったばかりの民主主義を否定し、少数エリートによる独裁政治を主張し、ムッソリーニさえ賞賛した。しかし支持した独裁政権が短命に終わり、民主主義が復活したとき、彼は知識人から指弾され、憎悪の的となり、孤立したまま失意のうちに晩年を送り、最後は服毒自殺を図って命を絶った。

ボルヘスが序文の中でどう述べているかというと;
もしアルゼンチン文学の全過程をひとりの人物で象徴させなければならないとしたら、その人物は紛れもなくルゴーネスであろう。・・・同一の問題に関心を持ちつづけていながら、時間の経過につれて相矛盾する解決に行きあたるひとりの人間の、多様な誠実さに相応している。私がこの問題をほとんど扱わなかったのは、私が小心だったせいもある。私は孤高の人というイメージを大事に護っているが、その実、ひとに言われたことをとにかく否定したがり、自分の否定的言辞を正当化するために気のきいた理由を探してばかりいたのであった。 
ルゴーネスの作品を刊行することは、ボルヘスにとって 「自分に誓った沈黙の約束をいま果たす」 ことだった。多くを語っているわけではない、でもボルヘスが彼の死を悼み、彼の作品に深い敬愛を示していることは感じられる。

以下の短篇を収納
「イスール」
「火の雨」
「塩の像」
「アブデラの馬」
「説明しがたい現象」
「フランチェスカ」
「ジュリエット祖母さん」

孤高の人、ルゴーネス。作品のどれもが完璧に思える。この人を寄せ付けないような雰囲気は何なんだろう?シュールでもある、幻想的でもある、でもクスッとするような可笑しさの欠片もなく、俗っぽさ故の恐怖感さえ湧かない。小難しい作品でも、文学的に装飾・技巧を凝らしている感もない。でも何故こんなにも厳しいのだろう?彼は人間嫌いなのか、人と動物と神の区別がないのは何故?

ボルヘスがルゴーネスへの追悼として書いたのが、「創造者」 なのだそう。これはまだ読んでいなかったっけ。
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