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ラデツキー行進曲

寓話のような 「聖なる酔っ払いの伝説」 から一転して、これは渾身の作と言っていいJoseph Rothの代表作。1859年のソルフェリーノの戦いで、皇帝フランツ・ヨーゼフ一世を敵の銃弾から救い、男爵に叙せられたヨーゼフ・トロッタ、その息子の郡長、そして孫の少尉カールと、トロッタ家3代を通して、第一次大戦中の1916年まで生きた皇帝と、ハプスブルク家のオーストリア帝国の落日を描く。作品が書かれたのは1932年だから、現代の常識を当てはめると、個人の価値観や人生までもが国家とその運命に委ねられるというのは、想像力を駆使しないとわかりずらいけれど、江戸末期の武家社会の崩壊の裏歴史だと思うと私にも少しは理解できる。 
ラデツキー行進曲ラデツキー行進曲
(2007/01)
ヨーゼフ ロート

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オーストリア版大河ドラマとでも言おうか、昨今の見た目も中身もうす~~い本に比べたら、500ページにも及ぶずっしりした重厚な作品は、古式ゆかしく、居住まいも正しく、作風は窮屈で、勢いに任せて読み飛ばすのは難しい。タイトルになっている「ラデツキー行進曲(Radetzky-Marsch)」は誰もが聞いたことのあるヨハン・シュトラウス1世が作曲した行進曲。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで聴衆の拍手とともに最後に必ず演奏される、指揮者がノリノリになって演奏されるマーチ。まずはバックグラウンドミュージックとしてそれを聞きながら・・・(最新版2012年のニューイヤーコンサートより)


作品の中でラデツキー行進曲は、懐かしい思い出のなかで流れる曲として良き時代のオーストリア・ハンガリー帝国の象徴として使われるけれど、ストーリーはこの軽快なマーチとは裏腹に、トロッタ家3代の歴史と消え行く帝国の没落の歴史。最後は、セルビアでオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子が暗殺されたことで第一次世界大戦が始まり、そしてトロッタ家3代目のカールが死ぬところで終了するのだけれど、そこにたどり着くまでは、名誉を傷つけられたことでの決闘したり、労働者のストライキやデモが起こったり、高らかに歌い上げられるインターナショナルや軍隊との衝突、老いてゆくフランツ・ヨーゼフ皇帝の姿など、時代に沿って移り変わっていく帝国の様子を見せつけられる。

主に語られるのは三代目カール・ヨーゼフで、カールは父の意志で軍人になり、恋愛にしても人生の選択にしても、結局他人の意志に従い生きた人間で、もし帝国が安泰であったなら、ある意味幸運だけで男爵の称号を与えられたトロッタ家の人間として、さしたる能力も力量もないまま体制の枠組みの中で平凡な人生を無事過ごせただろうに、それが許されなかったが故に帝国とともに自らも没した人物。彼の父であるフォン・トロッタ郡長は、皇帝への忠義心や名誉の重さを得々と語ることは出来ても、息子への深い思いや愛情を上手に表現できない。その父と帝国の没落が見事に調和するのが、借金をし軍を追放される息子を救うため、最上級の礼装で皇帝フランツ・ヨーゼフに謁見を試みるシーン。陛下の僕として仕えてきた父が、およそ世俗的な息子の不祥事の尻拭いのために皇帝陛下に謁見を願い出る。その謁見で老皇帝と古い時代に生きた父親の姿はまるで兄弟のようだと、本書は語る。謁見の演出が時代錯誤的であればあるほど、華麗なる帝国の没落が見事に浮き出てくる。

帝国を愛したからこそ、没落する姿を華麗に描き、それを歴史にとどめることを自らの使命としたJoseph Rothのオーストリアへの鎮魂歌。第一次大戦勃発を歴史の一事件でさらりと済ます教科書とは違うヨーロッパの歴史を味わいたいのならこの本はご推奨(重いけどね・・)
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