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ミレー《晩鐘》の悲劇的神話 「パラノイア的=批判的」解釈

こんな本がどこから湧いて出たかというと、これ。 
画家・ダリの唯一無比の絵画理論。ミレーの晩鐘を題材に、通常空間レベルで発動する批判的パラノイアを時間レベルで適用しようとした試み。ダリの絵画とテクストが構成するプロセス解明に重要な役割を果たす論考
だそう(だそう・・・としか言いようがない)。 絵画理論の知識や芸術的思考の欠片もないくせに、奇才ダリの理論を読んでどうする?そもそもxxx論みたいなものはわからないように書かれている(笑)、それがダリのテキストで翻訳ときているから、ほほう・・・なんて思えるはずもないとは思っていたけれど、こりゃあ、ホントにわかんない。
ミレー『晩鐘』の悲劇的神話―「パラノイア的=批判的」解釈ミレー『晩鐘』の悲劇的神話―「パラノイア的=批判的」解釈
(2003/01)
サルバドール ダリ

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ということで、素人が説明すると、ある日、ミレーの《晩鐘》のイメージが突然ダリの精神の中に立ち現れた、色つきで明確に、瞬時に。それから《晩鐘》は ”かつて存在したもっとも惑乱的な、もっとも謎めいた、もっとも濃密な、もっとも豊かに無意識の思考を含んだ絵画作品” になったそう(そう・・・としか言いようがない)。そこから始まるダリのミレー《晩鐘》の解釈論(とでもいうのか)。知らなかったけれど、ダリは憑かれたように《晩鐘》をモチーフに様々に展開させた作品を残している。表紙の絵もそのひとつ。《晩鐘》に対するダリ論はその道では有名らしく、この敬虔で貧しい農夫たちの絵 (まあ、それ故に私はミレーが未だに好きになれずにいる)を、パラノイア的=批判的解釈で想像を絶する理論、というか、私には、経験やら幼児体験やら、妄想の個人的解釈、でぶち上げている以上の何なのかわからない。わからない例が必要だろうか??

● 夕暮れの風景は太古回帰 (あ、そうなの・・・)
● 太古回帰⇒昆虫⇒カマキリ(ダリはカマキリ恐怖症)⇒カマキリの雌は交尾の後に雄を食べる⇒母親(女性)による息子(男性)の去勢  (男性の去勢はしつこい程語られる)
● 「立ったまま」で「動かない」、「垂直」な姿勢のまま向かい合った男女が配置されるなどということはありえない (なんで?)
● あの崇高なる「解剖台の上におけるミシンと蝙蝠傘の偶然の出会い」と肩を並べられる絵画と言えば、それはまさしく誰もが知る《晩鐘》だと私は思う (・・・)

でも本を読んでしまうと、もうミレーの《晩鐘》は宗教絵画には見えなくなる。そういう目でこの絵を再度見たいと思わせるだけのダリパワーはこの本にはある。ちなみにミレーは;
「19世紀のもっとも矛盾にみちた画家の一人である。・・・・ 一般大衆がミレーのエロティック絵画を目にしたら、同じ作者が宗教的作品を作りえたなどと信ずるのは難しいだろう。」 ってな意外な一面があったらしい。

シュルレアリスト、特にブルトンとダリとの関係なんかも後半の附論についていて、この辺りが好きな方には是非。そしてカラーではないけれどそこそこ画像もあって楽しめる (って何とも下手なフォローにて感想文は終了)
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