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僕の陽気な朝

チェコの作家Ivan Klíma。ユダヤ人の家庭に生まれたが、家は福音派のキリスト教徒だった。彼は共産党独裁政権下で、発禁作家の身でありながら、亡命を選択せず祖国に留まり続けた作家。各章はそれぞれ独立しているけれど、語り手の僕は、作者Ivan Klíma自身。「月曜日の朝」から「日曜日の朝」までの7篇の物語。
僕の陽気な朝 (文学の冒険シリーズ)僕の陽気な朝 (文学の冒険シリーズ)
(1998/04)
イヴァン クリーマ

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自由化ムードの盛り上がりが1968年「プラハの春」によって紛糾された時、ロンドンにいたクリーマは亡命していない。翌1969年ミシガン大学の客員教授として出国したその翌日に国境が封鎖され、外国に滞在するチェコ人は、国籍を放棄するか国に戻るかの選択を迫られたが、その時もクリーマはチェコに戻ることを決意する。その後20年続く社会主義政権下で、病院の雑役夫や道路の掃除人、測量技師の助手などの仕事につくことになるが、彼は役所に対して何がしかの仕事をしているという体裁を整える口実が必要であっただけで、自身の生活は西側に秘密ルートで持ち出されていた自作の印税だった。

例えば、クンデラのように亡命先から人間の存在を観念的に描く訳ではなく、同じくチェコに留まり続けたボフミル・フラバルのようなグロテスクさもなく、カフカの不条理劇ともまた違う。この本には目を背けたくなるような辛い現実が綴られているわけではなく、むしろ等身大の日常で、盗聴や尾行、隠しカメラをたえず気にかけなければならない生活であっても、そこでうまく立ち回ろうとする姑息な人びとや、僅かな小銭や物質的欲求に執着する普通の人々をクリーマが傍観している風であって、思想的弾圧を受けていた知識人の葛藤を叫んでいる風ではない。ないんだけれど。。。

「火曜日の朝」の章。なぜチェコを離れないのかとアメリカへ渡った女性に聞かれ、
「作家っていうのはちょっとばかし冒険家みたいなとこがあるんだ。静かさが作家を退屈させ、秩序への順応は作家をだめにする。だからこの国にいると、ときどき探偵小説のなかにいるみたいな気がしてくる。ライトを消した車、尾行、家宅捜索。そればっかりじゃない。僕が友人の葬儀に出かけると、隠しカメラ・・・とはいっても、たいして隠されてもいない隠しカメラが僕を写すんだ」
と答えながら、彼女にはこの国に不条理さは理解できないと独白する。
不条理さの本当の理由は、個々の事実の異常さにあるのではなく、その連続と積み重ね、執拗な反復、人生のどんな隙間にも浸透していくことにある。・・・・ だからダンテが地獄または煉獄を描写できると考えていたら、それはとんでもない思い違いだ。拷問において最も残酷な拷問の持続は、生身で体験する者以外にはわからない。

「金曜日の朝」の章。病院雑役夫として働く僕は、病院の現状の残酷さを、死に行く妻とそれを見届ける夫についての悲しい一編の物語として書き上げ看護婦に渡す。だがそれを読み終えた彼女は何の感想も漏らさず、病院の現実を諭すだけ。
彼らはすでに、あまりにも長いあいだ不誠実にならざるをえない状況に追い込まれて生きてきた。・・・・だから、不誠実は彼らが共存し、相互関係を成り立たせるための必要不可欠の前提となっていた。

「日曜日の朝」の章。
物を集めたいという熱烈な願望は、貧困や餓えから身を守る本能的要求ではなく、限られた生命を引き延ばしたい、何の痕跡も残さずに消えてしまうことの代わりに、何かを残したいとの念願。・・・・預言者や哲学者や芸術家は、自分の幻想によって自己を充足させることが出来るが、一般の人々から見れば、自分の時間を思想ないし創造によって充足させることの出来る人たちが、物を所有し蓄積することに、まるで無頓着であることが理解できない。
そして彼は 「自分は予言的白痴性の側にくみする」と言っている。

予想したとおり彼の邦訳はこれ1冊のみ。発禁作家時代に西側に流れただけのことはあり、英語版は案外豊富。
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