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なぜ古典を読むのか

元はみすず書房で単行本として出版されていたものが、最近河出文庫から文庫化された。Calvinoの邦訳されたものはほぼ読んだけれど、評論ものは敬遠していた(だって何だか難しそう・・・) でもこれは須賀敦子の翻訳。だったら読んでみようじゃないの!
なぜ古典を読むのか (河出文庫)なぜ古典を読むのか (河出文庫)
(2012/04/05)
イタロ・カルヴィーノ

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なんだ。。。 ”なぜ古典を読むのか” は最初の1章だけで、それ以外は彼がエイナウディ社編集部にいた頃、同社の文学叢書の「まえがき」として書かれたものがほとんどで、つまり以降は彼のエッセイ。その顔ぶれはオデュセイアから始まり、ガリレオにスタンダール、バルザック、ディケンズ、トルストイ、ヘンリー・ジェイムズ、コンラッドに、ヘミングウェイに、ボルヘス、レーモン・クノー、そしてパヴェーゼ等々、過去から現代に向かって時代を遡っていく。あらら、ボルヘスとクノーとパヴェーゼがどうにか、あとは全敗に近い。

なぜ古典を読むのか?古典とは何ぞやの定義を延々と述べた後、最後はこんな言葉で締めくくる。
私たちが古典を読むのは、それがなにかに「役立つから」ではない、ということ。私たちが古典を読まなければならない理由はただひとつしかない。それを読まないより、読んだ方がいいから、だ。
わざわざ苦労して読む事もなかろう、といって反対する人がいたら、シオランから引用する。「毒人参が準備されるあいだ、ソクラテスはフルートで一つの曲を練習していた。『いまさらなんの役に立つのか?』とある人が訪ねた。答えは『死ぬまでにこの曲を習いたいのだ』」


確かに見栄や自己顕示欲で古典に手を出すということもない訳じゃない。だけど古典作品って読んでもいないのに、誰かの評論とかエッセイとか引用とか、間接的に聞き齧った情報で知ったがぶりしてみたりする対象でもある。そこでCalvinoは釘を刺す。
古典を読むときは、できるだけその本について書かれた文献目録や脚注、解釈を読まないで、原典だけを直接読むべきである。
確かに世間の評判やらに染まりきった果てに原典にあたると、え?!と思うことはある。この本ってこんな本だったのか・・・ Calvinoはこの一番大切なことをないがしろにしている学校教育にも釘を刺す。学校は解釈本が原典より多くを語ることは在り得ないということを教えるべきなのに、あらゆる手を尽くしてその反対を教えようとしているし、参考文献は原典が言おうとしていることを、わざわざ隠蔽するための煙幕みたいなものだと。

さて、大御所を列挙したCalvinoのエッセイだけれども、これは評論じゃなくてエッセイなんだと途中で納得する。古典とは、相対的にはやや昔の作品だけれど、何年前から古典などという定義があるわけじゃなし、普遍的であり、人種・文化・時代・社会背景等々を超えたところで語り継げるもの。解釈にせよ一読者の感想にせよ、その人の持つバックグラウンドが異なれば、異なったなりの読み方ができるもの。Calvinoは大上段に構えて、作品の講釈をしているわけでもなく、単に一読者としてのエッセイを書いているだけで (だけ、とはいえ彼の思考の高さ、深さに着いていけるわけじゃない)、彼の人生や思想からは、そう思えるということであって、これが別の人間であれば別の視点をも提供してくれるものが古典なのかも知れない。もっともエッセイに登場する作家や作品は20世紀の、Calvinoと同世代のものも沢山登場するし、1つの作品・作家を取り上げながら、彼の思考は縦横無尽に別の作品にも飛んでいく。

Calvinoと言えば、実験的な手法や寓話的なものなど、およそオーソドックスとは言い難い作品が多い。でも、例えばピカソやミロのようなキュビズムや抽象画を書く画家でも、デッサン画を見ると普通に上手くて驚くように(私だけ?)、この本にもそんな意外性があった。結局この本、タイトルには騙されたわけだ(笑)。なぜ古典を読むのかじゃなく 「僕はこんな風に本を読む by Calvino」だよな。  

スタンダールの「パルムの僧院」とか、パステルナークの「ドクトル・ジバゴ」とか読んでみるか・・・ と無謀な宣誓を吐きそうになったけれど、ずっしりと重い「古典」というヤツを目の前に置くと、買ってはみてもおいそれと読み始めるとも思えない。だからウチの本棚には 『死ぬまでに読もう文庫』 が出来ちゃうわけだ。
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[C254] おー、古典!

ぼくが読んだ唯一の古典はたぶんアウグスティヌスの告白録です。おもしろかったよ。導入部分の論理の流れには極上の酒をのんでいるような気さえした。そのあとも、2000年も前にこういう人がいたのかと目から鱗でした。ぼくも「死ぬまでに読む読む文庫」を作り始めるか・・・
  • 2012-05-30 10:32
  • さかい@tadoku.org
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[C255] 祝・開設「死ぬまでに読もう文庫」

アウグスティヌス!2000年!
これに対抗するとなったら、古事記か万葉集か、源氏物語フルバージョンしかないなあ。

人間は2000年前でも今でもそれほど変わっちゃいないのだと思うとしたら、日々せせこましさから離れることが出来るのかな?(おっと、せんせーはそもそも離れていたんだ・・・)




  • 2012-05-31 00:51
  • Green
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