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神の植物・神の動物―J.K.ユイスマンス『大伽藍』より

衝動買いでさえなく、魔が差したとでも云えばいいのか? Joris‐Karl Huysmans 名前だけ辛うじて聞いたことがあるような。。。 購入した古本カフェのお兄さんは、簡単に教えてくれた。ユイスマンスの名著「大伽藍」の抜粋で、この出版社、八坂書房というのは、植物関連の書物をやたら出しているとってもユニークな出版社だそう(初めて知った)。マニア本と簡単に言ってしまうには勿体ないので、出版社のサイトに行って、「書籍一覧」なんて眺めてみた。何だか凄いぞ。。。 一体何の本なんだろう、と手にとってみたくなる。古本カフェのお兄さんは、こういう狭くて深い本の作り方をするような小さいけれど面白い出版社をとっても評価していた。
神の植物・神の動物―J.K.ユイスマンス『大伽藍』より神の植物・神の動物―J.K.ユイスマンス『大伽藍』より
(2003/02)
ジョリ=カルル ユイスマン

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この「大伽藍」という作品は、抄訳ということで全篇翻訳されておらず、抜けた部分、第10章キリスト教植物象徴学と、第14章中世キリスト教動物誌を二章を訳出したものがこの本。ユイスマンスがどんな作家で、「大伽藍」がどんな作品かは(一応)ネットを頼りに浅く調べてみたけれど、小説という形はとっているものの、主人公デュルタルが、
ロマネスクとゴシックの時代を繋ぐ教会堂建築、シャルトル大聖堂を主人公デュルタルによって観察し、詳細に描写。教会堂としての特徴や彫像群の象徴性を分析していく (Amazonより)
書物だそう。キリスト教に造詣が深い人、美術史に興味がある人以外で、手を出しにくい書物ってことはわかった。素人が気まぐれで読んでも小馬鹿にされるのか・・・

さぞや小難しいのかと思ったら登場人物の会話も多く、意外に読みやすくて、サクサク完了してしまった。門外の不届き者の私は、象徴学が何かはわからないけれど、植物と動物がキリスト教の世界でどんな風に見なされていたか?に興味を持つくらいは許されるだろう。

植物や動物に付与された象徴的意味。植物に関して云えば、その薬学的効能から付与された象徴や、香り、伽藍(教会)の装飾的効果を追求したため、とほぼ納得は出来る。それに反して、面白いのは、動物誌の方。中世キリスト教動物誌では、聖書は動物を美徳と悪徳の2つの分野に大別しているという(天国の動物と地獄の動物、天使の動物と悪魔の動物ってとこか・・・・) また、架空の動物が多く登場する。
そもそも、象徴が必要な訳って何?ってことで、更に調べると、どうもアンチ自然主義らしい。象徴派はあるがままの事実を描かず、理想世界を描くもの、その理想的観念に形を与えて表現するためツールが象徴(ってことでいいんだろうか?)

白黒・善悪の曖昧拒絶の発想が、森羅万象、八百万の神のお国の人間がいつも戸惑うところ。唯一絶対の神を信仰すれば、異質なものは排除せざるを得ないけれど、唯一絶対なるものだけを信仰すれば美徳とされるなら、それは明快でもある。”八百万の神”が世界的にみて稀なことだとすれば、その八百万の神を生み出した倭国の成り立ちにむしろ興味が沸いてくる。
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