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無声映画のシーン

現役作家で、新刊でも買ってしまう人というのは貴重な存在。「黄色い雨」と、「狼たちの月」に続く邦訳第三弾が早くも発売されたところをみると、翻訳者、木村榮一氏はよほどJulio Liamazaresが好きなんだろう。
無声映画のシーン無声映画のシーン
(2012/08/23)
フリオ・リャマサーレス

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28枚の古い写真から、スペイン北部の小さな鉱山町オリューソスでの少年期12年間の思い出を描く28の物語集。過去の写真を眺めながら回想される昔は、記憶の中で甦り再生され、そこにいる「僕」も本当に実在したのか幽霊なのかわからない。

全2作に比べると静けさは変わらないけれど、重苦しさはない分、心地よく読める。28もの小さな記憶は読み終わってみると、どれもが何だかぼんやりしていて、煌めくような美しい文章とか懐かしさがこみ上げるようなノスタルジアがあるわけではなく、半自伝的(彼はフィクションだと云っているけれど)物語だとしても、主人公の少年がすなわちLiamazares本人であるような生々しさは全くなく、1枚の写真から不確かな記憶を辿るという距離感がかえっていい。貧しく、何も無い炭鉱の町、生と死が混在するその炭鉱の町の記憶は、全てが白と黒のモノクロの世界だという。雪の白と炭鉱の黒。そういえば、献辞は「今では雪になっている母に」だった。

昔のことを想い出すということは、若い時にはどうにも出来ない芸当だった。ある時から望みもしないのに、ほんの些細なことがきっかけで、不思議な程次から次へと甦ってくる。夏の午後の木蔭に吹いた風の一瞬の涼しさとか、霜柱をわざと歩いたときの音とか、窓ガラスにへばりつくと伝わってくるぬくぬくした感じとか、石炭ストーブの上で焼かれた餅が焦げる匂いとか、プールからあがった後の喉の乾きとか、風邪で寝込んだ時にいつも見た夢とか、打ち水の後の土に匂いとか、何故そんな飽きるほど繰り返されたはずの日常が想い出されるのかは不思議で仕方ない。Liamazaresが炭鉱の町の記憶はモノクロだといったけれど、私のアルバム写真は白黒から始まり、物心がついたかつかないかの頃はセピア色になっていた。いつから写真は今のようなカラフルなものになったんだろう?そのセピア色の写真の世界は、炭鉱の町がモノクロのように、やはり私にはセピア色としてしか思い出せない。

そうそう、この本が何故だかぼんやりしてしまったのは、本を読みながら自分の子供の頃を想い出して、気付くと目だけが先に進んで、本を読んでいなかったからだった。
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コメント

[C309] よいなあ・・・!

後半ね。うっとりと読み直す
  • 2012-09-14 21:42
  • さかい@tadoku.org
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  • 編集

[C312] これを読めば・・・

この本を読んだら、子供の頃の自分がみんな甦ると思う。
  • 2012-09-15 00:25
  • Green
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Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

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