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Carlos Fuentesは何か1冊読んだはずだったけど、何だっけ?と一日考え続け、でも思い出せず、今ようやくわかった。「老いぼれグリンゴ」だった。これは薄いからという安易な理由で選んでみたけれど、安易だった。よくわかんないなあ。。。と思いながら読む本は沢山あるけれど、これは横綱級。
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(2012/09/21)
カルロス・フエンテス

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過去でありながら、未来でもある混沌の現在=螺旋状の時間。家であり、町であり、一つの世界である場所=流転する空間。自分自身であり、同時に他の誰もである存在=互換しうる私。 目眩めく迷宮の小説。 『アウラ』 をも凌駕する神妙の傑作

過去だの未来だのという縦横無尽な「時間」に対してはたじろがないけれど、「互換しうる私」というものは初めてお目にかかった。老人と青年と、猫を連れた子どもと、黒衣のヌンシア。で、どれが「わたし」なのか、どれも「わたし」なのか?語り手が知らない間に入れ替わっているし(のかいないのかもよくわからなくなってくるのだが)、時間も過去と未来が行き来するというより、現在が多層化しているといった方がいいかも知れない。直線でない円環としての時間というものは、輪廻転生のようなものとは違い、過去も現在も未来も、現実(といいながら、現実の定義が出来なくなるのがこの本だけれど)も妄想も死後の世界も、白昼夢も同時に存在しながら、ぐるぐる回るってことなんだろう。直線軸に並んだと仮定したら、この本で流れる時間は本当に短い線でしかないけれど、ぐるぐる回る時間は長くて厚くて深い。

難解な本とは違う。作品自体は120ページ足らず。本の1/3を占めるのは解説。ストーリーや意味を求めて、解説に頼ろうとするとそれは期待はずれだと実感する。1969年に書かれたむしろ初期の作品でありながら、ようやく陽の目を見たのは、難解さ(?)ゆえに解説できる人がいなかったからじゃない、と勘繰ってしまった。作品の解説ってやっぱり不要なんじゃなかろうか?

読了後、約3時間半経過。。。 記事を書きながら、なんだか心地よくなってきた。断章に近いようなパラグラフの繋がりの意味を求めず、あるがままにサラサラとこの「時間」にのっていけば楽しい本。(私向きかも知れないと段々思えてきた)
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