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Going After Cacciato

こちらはKindle版で読了。現代アメリカ作家にはあまり手を出さない(どこに手を出していいのかよくわからないだけ)。ましてやベトナム戦争を題材にしたものは特に手を出さない。ベトナム戦争という傷(?)、汚点(?)は映画だろうと小説だろうとドキュメンタリーだろうと、実に様々なメディアで取り上げられるけれど、アメリカ人が避けて通れないその傷は、私にとっては喰わず嫌いというより、どうも真正面から見ることの出来ない出来事でもある。戦争の”せ”の字も知らずに育った世代の後ろめたさとでも言うのか・・・
Going After CacciatoGoing After Cacciato
(1999/09/01)
Tim O'Brien

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じゃ、どうして読んじゃったかというと、これは国書刊行会が「文学の冒険」シリーズで邦訳化しているから。邦訳は上下巻で高いもんだから、悔しくて英語版にしてみた。Tim O'Brienは村上春樹の翻訳がいくつかでているけれど、あ~なるほど。テーマが戦争であれ、どこか軽妙で、時には滑稽。描かれるのは、政治としての戦争というより、そこに放り出された一青年の心情であり、真っ向から声高に叫ぶベトナム反戦小説という感じはないけれど、じわじわとくるものがある。

戦場からある日突然Cacciatoが消える。ベトナムから徒歩で(?!)8600マイル先のパリを目指し脱走した。彼を追う小部隊が追跡を始め、西へ西へと歩を進める。この荒唐無稽な設定も、徐々に語り手のPaul Berlinの白昼夢なのだと気付くけれど、そうではあっても、彼の妄想の中に現れるCacciatoはいつも掴みどころのない存在で、ベトナムの悲劇も悲壮感もなく、ハッピーにパリへパリへと進む。追いかけても追いかけても捕まえられないその存在は、自らの過去を回想するPaul Berlinの生真面目さと対照的。現実逃避の代償としての妄想Cacciatoは、無垢な存在であればあるほど、その夢想の中でさえ、義務や責任という観念から逃れられないPaul Berlinこそが、大儀のない戦争への静かな反対表明なのか?そして夢の中までも追いかけて来る現実に、夢は捕まる。

「夢見る兵士たちの奇妙な冒険」というのが邦訳の帯の言葉。このファンダジー小説は、夢見ることさえ許されなかった糞ったれ(って言葉がしょっちゅう吐かれるんだけれど)な戦争の物語だった。
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