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ブダペストの世紀末

さてここから更にウィーン世紀末は発展する。読む気が失せたはずの ”教科書的なオーストリア=ハンガリー二重帝国の歴史書” に間違えて手をだしてしまった。John Lukacsは1946年にアメリカに亡命しているハンガリーの歴史家で、この本が書かれたのはベルリンの壁崩壊以前の1988年。オーストリア=ハンガリー二重帝国と言いながら、ハンガリーが省みられることは多くはない。私の記憶をたどってもハンガリー作家は、「エペペ」のカリンティ・フェレンツと、「そうはいっても飛ぶのはやさしい」のカリンティ・フリジェシュの親子しか思い出せない。
ブダペストの世紀末 都市と文化の歴史的肖像(新装版)ブダペストの世紀末 都市と文化の歴史的肖像(新装版)
(2010/10/28)
ジョン ルカーチ

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物心ついた時にはハンガリーは共産圏の1国だったから「ドナウの真珠」とか「東欧のパリ」と呼ばれるブダペストを想像出来ないし、ましてやそれ以前の帝国時代の華やかさは全くと云っていい程知らなかった。が、世紀末のブダペストは近代的な都市であり、パリよりも早くヨーロッパ初の地下鉄を開発し、ウィーンに先んじて路面電車が走り、カフェ文化が発達したコスモポリタンだったらしい。

ハンガリーと云えばマジャール民族。そのマジャール民族というのは、元々ウラル山脈辺りからハンガリー平原にやってきて、キリスト教を受容れたことでヨーロッパの仲間入りをした人々。ハンガリー語=マジャール語は、語源を辿るとラテン系言語ともドイツ語ともスラブ語とも違う ”ヨーロッパの孤児” で(名前も姓・名の順番だしね)、「生まれは東で育ちは西」なのだそうだ。なかなかハンガリー語の作品には巡り会えないわけだな。島国日本とは違い陸続きの隣国も多いから、”ハンガリー”という国の領土も時代の中で大きく変遷し、多民族が入り混じり、宗教も入り混じり、二重帝国時代には、都市ブダペストだけが発展し、周辺の地域は農村ということで国際都市vs.農村の対立があり、他のヨーロッパ諸国同様、ユダヤ人vs.非ユダヤ人という対立もあり、vs. だらけの歴史。当然の帰結のようにハンガリーのアイデンティティーとは何か?という問題は常にハンガリーの人々の根っこにあったんだろう。周囲に翻弄され続けた国、常にどこかの傘下という歴史、その中で独自の強固な政治体制を構築出来なかったのは、共存共栄精神が磨かれた民族だったからなのかとも思えてしまうけれど、いや待て、ソ連に反旗を翻した1956年のハンガリー動乱や、ベルリンの壁崩壊のきっかけを作った1989年のヨーロッパ・ピクニック計画を起こしたのはハンガリー。意外にも反発?爆発力?を持つ人々なのかも知れない。

基礎的知識に欠ける私には、これ1冊を読んだからといって、ブダペストとウィーンの違いを納得できるわけじゃないけれど、ハンガリー視点から書かれたオーストリア=ハンガリー二重帝国の書物は貴重。少なくとも一緒くたにされがちなハンガリーの存在を今後は意識できるってもんだ。国境というものは人工的で便宜的で一時的なものなんだと実感出来ない一日本国民だけれど、どんな国にも民族にも歴史はあるんだというあたり前のことは今さら思い出させてくれる。
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