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シチリアでの会話

シチリアご当地もの、Montalbanoシリーズを読んでいたら、本棚に忘れ去られかけた(忘れちゃあ、いなかったけど)こんな岩波文庫を発見。Elio Vittoriniは、Calvinoたち多くの作家に影響を与え、パヴェーゼの「故郷」と双璧をなす、イタリア・ネオレアリズモ文学らしい。イタリアでもネオレアリズモ文学はちょっと苦手だけれど、どんなシチリアに出会えるのか?
シチリアでの会話 (岩波文庫)シチリアでの会話 (岩波文庫)
(2005/02/16)
ヴィットリーニ

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合計433ページのうち、本篇は303ページ足らず。7ページある注釈を含め、残りは ”解読 『シチリアでの会話』” こんなに長い解読文を読まないと、この本はわからないのか?? 実は本当にわからなかった。この本が書かれたのはファシズム体制下の1937年で、スペイン内戦に加担したムッソリーニのファシズムへの強烈な批判が込められており、ヴィットリーニは政権の検閲を逃れるために、ムッソリーニ、ファシズム、スペインなどの具体的な言葉を一切使用していない。すべては暗喩の中にその怒りを込めて書かれている。その怒りさえもどこか曖昧。ネオリアリズモ文学と云われても、全くそんな感じのない奇妙で実体のない人々が織り成す、むしろシュールな会話、いや登場する本人以外の人物が本当に存在しているのかも曖昧なものだから(私には・・・)、会話はむしろ彼のモノローグじゃなかろうか、という気さえしてくる ”リアリズモ” の欠如。Vittorini本人とだぶるシルヴェストロは、12月8日に母の暮らすシチリアへ向かう。12月8日は、聖母マリアの無原罪の御宿りと呼ばれる祝日で、カトリックの象徴までふんだんにあり、この喩えもまたわからない。解読の大半はこの時代のイタリアの歴史的背景と、その中でファシズムシンパから、反ファシズムへと転換したVittorini本人の変遷。つまり、多用されている暗喩と象徴を読み取る困難さを直接には助けてくれない。

貧しい時代のイタリアの描写も多い。オレンジ売りはオレンジが売れず、みずからオレンジを食べて餓えを凌ぐ。カタツムリと野草しか食べることの出来ない貧しい階級の人々。マラリアの荒野が広がる大地。Vittorini自身もシチリアの貧しい鉄道保線夫の息子として生まれ、普通教育もまともに受けていないが、作家を志し、独学で町の図書館に入り浸って古今東西の書物を濫読した人物だそう。

でもここに書かれた反ファシズムレジスタンスの精神と、検閲をくぐり抜けてでも書き上げたかったVittoriniの意志は当時に人々には強く伝わったのだろう。
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