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火葬人

松籟社の「東欧の想像力」シリーズは頑張った記憶はないけれど、気付いたらほとんど読んでいた。これはその第9巻目。この真っ黒な表紙はこの本が映画化された時のスチール写真を使用したとのこと。
火葬人 (東欧の想像力)火葬人 (東欧の想像力)
(2013/01/23)
ラジスラフ・フクス

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東欧の本でよく感じるグロテスクさは様々あるけれど、この「火葬人」のグロテスクさは今まで味わったことはないグロテスクさ。残虐な描写はなし、露な内面が描かれるわけでもなし、でもあらゆる所に「死」を連想させる暗示があり、日常を描きながらその会話が一方的なモノローグでしかなく、発する言葉は独善的で空虚で突き放したような冷たさがあるのに、美しく柔らかい言葉ばかりが選択されている。

舞台はナチスの狂気が迫る1930年代後半のプラハ。火葬場に勤め、火葬こそが最良の埋葬方法だと心酔しているドイツ人、コップフルキリング氏が主人公。家族思いで、”優しい天使のような愛しい妻” を持ち、隣人のユダヤ人を ”善良な人々” と呼ぶ。そこに友人で、ズデーテン・ドイツ党(=ナチスでいいんだろう)の高職に就いているヴィリが訪ねてくる。入党を勧める彼の誘いを最初は断るものの、何かを読み落としたのかと思うほど、あっけなく彼は突然に態度を変え、その後は加速度的に、だが無自覚にナチスに染まっていく。その自覚の欠如が何よりも恐い。火葬場は「死の寺院」と呼ばれていることから想像できるように、収容所⇒ガス室へ変貌し、そしてコップフルキリング氏はそれに加担(無自覚に)し、ユダヤ人の血が混じる妻や息子を自らの手にかけていく。彼にとってそれは崇高な任務の遂行であり、”人生において確実なものは死だけ” であり、純血でない者たちにとってそれは苦しみから救われることであり、選ばれた者のみが、世界を公正に平和に導くことが出来、それを邪魔立てするものは許されざる存在。善悪の葛藤もなく、自身を守るためでもなく、出世や富や名誉を欲しがる俗物主義でもない、このいとも容易な変容は何だ?

Ladislav Fuksはユダヤ系ではなかったが、この時代ユダヤ人の味わった恐怖を扱った作品を沢山残しているそうだ。彼の父親は厳格な警察官で、ナチスに何らかの形で関与していたかも知れず、ユダヤ人だけでなく、ジプシーや同性愛者もホロコーストの対象だったから、同性愛者であった彼は、その父親の職務と自分の置かれた状況と、友人であったはずのユダヤ系の人々が徐々に姿を消していく中で少年期を過ごしたらしい。彼が何を信じていいのかわからなかったとすれば、この無自覚で安易な変容は理解を超えるものとして、空虚に冷たく描かれても不思議はないのかも知れない。
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