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久生十蘭短篇選

「ジゴマ」 以来気になっている久生十蘭。外文専門の私としちゃあ、日本人に触手を伸ばそうって気にならないのだけれど、どうも気になる久生十蘭。”ジュウラニアン”って言葉があるくらいで、久生十蘭はマニアが確実にいる。古本カフェのお兄さんも元はフランス文学オタクだけれど、ある時からちょっと古めの日本文学に目覚めたとか。実は 「書物の王国」シリーズ で日本の作品を沢山読まされ、それがちょっと分かるようになってきた。で、恥ずかしながらお兄さんに、久生十蘭を読んでみたいといったら、この岩波の文庫あたりからどうでしょう?と勧められた。
久生十蘭短篇選 (岩波文庫)久生十蘭短篇選 (岩波文庫)
(2009/05/15)
久生 十蘭

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あまりにも昔のことで誰が言ったか忘れたけれど、ある作詞家が、最近の歌は言葉の高低?リズム?抑揚?を無視して、無理矢理メロディーにのっけちゃっている、というようなことを云っていた。フラットと言われる日本語だけれど、日本語にも日本語のリズムというものがある。いや、あるってことに遅ればせながら気付いた私。分かりやすい例で言えば、五七調。短歌や俳句という形をとらなくても、日本語のリズムの基本は五七調なんじゃないだろうか。散文であっても、切れるところで文章が切れ、止まるところで止まり、間をおくところで、間を置いてくれる心地よさ、節というのか調子というのか、その根底にあるのは五七調かなと。。。 こういうリズムのある文章は最近ではめったにお目にかかれない。かく云う私の日本語も確かに、べったりしている。

さて本篇。日本らしい(?)湿った怪奇談や耽美的なところがなく、さらさら読んでいる気になっているのにえらく時間がかかる。短篇集のくせにどっと押し寄せるような読了感。戦中戦後の時代と市井の人々を描きながら、どこか奇妙な感じ。幻想的とはちょっと違う、それは幽玄と呼ぶべきものなのかなあ。作品はだいたい唐突に終わりを迎え、その余韻をどうしたらよいのかよくわからなくなる。つまり、なんだか自分が試されているようで、自己嫌悪にもなりそう。

この人の凄さは、天才や奇才が閃きで一気に書き上げるようなそんな凄さではなく、漂流者、移民、混血、国家の庇護を離れてしまったものたちの ”多言語多文化” 空間を、精緻に選び抜いた末に、さらに削りとっていく精巧な構成の成果物。だからこそ古い作品であっても決して古臭くならないんだろう。現役作家にもファンが多いというのも納得できる。自己嫌悪にはなるけれど、とにかく巧いのである。こんな文章を書けるのなら、プロットなんかどうでもいいんじゃないかと、そんな気さえしてくる。
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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

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