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無分別

ロベルト・ボラーニョ絶賛!
と帯にある。表紙のグロテスクな悶絶の表情は、確かにBolanoの世界に通じるものがある。わかりました、読んでみましょう・・・
無分別 (エクス・リブリス)無分別 (エクス・リブリス)
(2012/08/07)
オラシオ・カステジャーノス・モヤ

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「おれの精神は正常でない」 という一言から始まるこの小説。そこに黄色いマーカーを引き、手帳に書き写す「わたし」。「わたし」はある国家の軍隊による、先住民の大量虐殺の生き残りの証言からなる1000枚を越える報告書を校正する仕事を、小遣い稼ぎのために請け負う。この先住民大量虐殺は、グアテマラで20世紀後半に実際に起きた先住マヤ民族虐殺の調査報告書がモチーフとなっているのだそう。36年に及ぶ内戦の結果、総人口1,000万人の2割近い人々が被害者となり、それだけでなく、虐殺の実行犯、指揮命令者が一切罰せられることなく、権力の座に居座り続けた。彼らが「無分別」であるだけでなく、それを許す社会や世界が無分別なわけだ。

こんなインパクトのある書き出しと、大量虐殺をモチーフにした作品ながら、その後語られるのは、校正作業を行う「わたし」の仕事と日常であり、読むに耐えない虐殺シーンの描写が延々と続くわけではない。報告書内の文章をノートに書き写し、詩句として朗読する「わたし」。書き写される文章は具体的な虐殺現場のルポではなく、確かに美しく、どこか抽象的で詩文的。「わたし」は徐々に誰かに暗殺されるかもしれない、軍部に狙われているかもしれない、という脅迫観念にとらわれていくが、一方でラテン男子らしく、お洒落をして街に繰り出し、女性を口説いたり、ようやく口説き落とし事に及びながら、ブーツを脱いだ女性の足から強烈な悪臭が漂い、セックスどころではなくなり、揚句、性病をうつされ・・・といった滑稽なエピソードまで挟まれる。しかし女性の恋人が軍人だと知ると、再び暗殺の恐怖に囚われるが、一向に暗殺の手は伸びてこない。つまりどう見ても彼の被害妄想で、見栄っ張りで気弱な偏執狂男っぷりが可笑しい。

ところが、彼が単なるピエロでないことが作品の最後のひっくり返しで証明される。完成した報告書を大々的に公表した司祭が、その夜殺害されたとのメールを友人から受け取った「わたし」。所々に描写される虐殺の数々は、あまりにも残虐過ぎて、リアリティーはなかったし、狂気に陥っているだろう「わたし」はセックスに気晴らしを求め、滑稽にも失敗するし、暗殺者は一向に現れない。何が狂気なのよ・・・ でも司祭が殺害されたという電報のような短いメールには、それまでの滑稽さから真っ逆さまに突き落とされるようなリアリティーが凝縮されている。「わたし」は確かに狂気に陥り、精神を病んでいたってことだ。

訳者のあとがきにあったが、原文はピリオドなし、カンマや関係代名詞で繋ぎながら、一文が延々2ページにもなるようなうねる文章らしい。それはまさしくBolanoじゃない。そのリズム感を日本語で表現するのはさぞ難しかろうが、Bolanoファンとしては、あーアレね・・・ と想像しながら読んでみた。Bolanoに続く現代ラテン文学を代表するひとりに昇格(させてみようかな?)
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