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楽園への道

「フリアとシナリオライター」がえらく気に入ったので、それからMario Vargas Llosaを探しているのだけれど、読みたい本は案外いいお値段で困っていた。で、とりあえず手の届く範囲のこれから。Mario Vargas Llosaは2010年にノーベル文学賞を受賞しているけれど、よくよく調べたら、フィクションはほぼ漏れなく邦訳化されているという凄い作家だった。これは本邦初。
楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)楽園への道 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-2)
(2008/01/10)
マリオ・バルガス=リョサ

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社会運動家のフローラ・トリスタンとその孫のポール・ゴーギャンの生涯を一章づつ交互に展開させるという構成。ゴーギャンが生まれたのは、フローラが亡くなった数年後だそうで、二人は顔を合わせてはいないし、それぞれが目指す楽園は同じではない。ゴーギャンが会わずして失くした祖母の事を語ることもあるが、基本的には2つの物語が同時平行し、最後に2つが重なり合い、収束するわけではないが、そこに違和感はない。3人称を基本としながらも、時に2人称が混じり、「アンダルシア女よ」(=フローラ)、「コケよ」(=ゴーギャン)と語りかけるその声の主はリョサ本人?

タイトルは、リョサが子供の頃に経験した「楽園遊び」から来ているが、この楽園遊びとは、地面に描かれた正方形の外に鬼を置き、その正方形に戻るために鬼は「ここは楽園ですか?」と尋ね、尋ねられた方は「いいえ、楽園は次の角ですよ」と答える遊びだとか。

結婚後、セックスがトラウマになり、家を飛び出したフローラ。その時代、家を捨てる女性は社会からは娼婦以下の扱いをされるほどの疎外を受けたという。その後独学で学びながら、マルクスやエンゲルスに先駆けて、社会を変革しようと各地を巡り活動を開始した女性解放運動家のフローラ・トリスタン。ゴーギャンは言わずと知れた画家。近代社会を捨て、タヒチに渡り、原始の中に身を置きながら絵を描いた。二人とも結局は道半ばにして、病気により若くして命を落としている。次の角を曲がればあろうはずの楽園をひたすら求め、破天荒で既存の社会に反抗して生きる姿勢は血筋ということか。最終章は二人の死の場面で終わる。肉体の苦痛に苦しみもがいた末の臨終は、それまでの人生のような壮絶な死に際で、いわゆる幸せな人生ではないように見える。リョサはフローラに共感し、彼女を題材にいつか本を書こうと思いながら、二人の軌跡を追い、ヨーロッパやポリネシアを旅したらしい。壮大な・・・ではなく、読みやすい歴史小説でもあるこの作品は、二人の人生を辿ると、丁度19世紀のヨーロッパ精神社会も見えるという仕組みになっている。

「次の角を曲がれば楽園がある」 う~~ん、あったんだろうか?彼らが行きたかった楽園とはなんだ?楽園なんかあるのか?
「ここは楽園ですか?」
「いいえ、楽園は次の角ですよ」

こうして角を曲がりながら、楽園は永遠に現れない。でも二人の葛藤は来たる20世紀を作ったのよ、きっと。
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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

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