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サリー・マーラ全集

レーモン・クノーコレクション「青い花」に続いて。。。コレクションの第1回の配本でありながら、厚みに負け(450ページ)いままでほったらかしにしていた。これを完読したところで、残るはあと2冊。
サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)サリー・マーラ全集 (レーモン・クノー・コレクション)
(2011/10)
レーモン クノー

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処女サリー・マーラが覚えたてのフランス語で記した、性に関する探究と、殺人事件“ダブリンの吸血鬼事件”などについての「日記」。サリーがゲール語で書き、ミシェル・プレルが翻訳したという、郵便局に立てこもった男たちがひとり残った女性郵便職員に悩殺される受難を描いた「皆いつも女に甘すぎる」。サリーが自分が書いたものではないと拒絶する、雑文集「もっと内密なサリー」。クノーが愛したジョイスにオマージュを捧げるかのような、サリーによる、クノーによる全集。

というのが、この本の紹介なのだけれど、「サリー・マーラの日記」「皆いつも女には甘すぎる」「もっと内密なサリー」の3篇はサリー・マーラというダブリン在住の少女が書いた(らしい、でも、クノーが書いたんだよね・・・)。本の序文を書いているのは、サリー・マーラ自身、その序文の中で「もっと内密なサリー」は私じゃない!と叫んでいる。この手の込みよう。ボリス・ヴィアンはクノーの友人だったらしく、彼が「墓に唾をかけろ」をアメリカの発禁本の翻訳と嘯いて発売したらバカ売れしたもんだから、ヴィアンの勧めもあり、クノーもこんな手の込んだ設定で遊んでみた、ってところか?真面目に書いているんだろうけれど、この遊び心が楽しい。

「サリー・マーラの日記」はまだ処女のサリーが憧れのフランス語の先生にならったフランス語で書いてみたという設定で、その先生の教えたフランス語がエッチ系・お下劣系言葉ばっかりで、それをわけわからず使いまくっているということになっているので、サリーのキャラと使っている言葉のギャップは、クノーお得意の言葉遊びのオンパレード。サリーの処女的妄想に日記らしい日常のあれこれ、ハチャメチャな家族、周りの男たち。で、さんざ妄想を膨らませた揚句、最後のオチがあっけなくて、は???ってな気分の私。

「皆いつも女には甘すぎる」(なんてステキなタイトル!)は、サリーがゲール語で書いた小説。アイルランドの共和主義者たちが郵便局を占拠し、トイレに取り残され、出るに出られない女性が一人。アメリカ的ヴァイオレンスを目指しているといいながら、女性に翻弄され悩殺され、暴力的?いやいや、結局 ”みんな、女に甘いんだから・・・”というタイトル通りのオチ。「フィネガンズ・ウェイク」がアイルランド共和主義者たちの合言葉という、ジョイスに敬意を払った作品ということだけれど、ジョイス未読の私は理解できず。

「もっと内密なサリー」は言葉の定義集という体裁を装ったお下劣なギャグの悪ふざけといった感じ。サリーが私が書いたんじゃない!という理由も納得できる。

結論としては、あ~馬鹿馬鹿しい(笑)。日記と小説両方に共通なのは、会話の可笑しさなんだけれど、何が可笑しいかというと、登場人物がみなボケ役だということ(特にサリーのママが絶品)。突っ込み役がいないので、ボケがボケのままほったらかしになり、そっちじゃないでしょ・・・という方向に話しが展開していく。全篇この馬鹿ばかしさとトンチンカンなエロチックさと暴力、そして底辺にはクノーの真摯な言葉遊び、という珠玉の1冊。クノーは本当に楽しいなァ。
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流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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