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そのとき、本が生まれた

某国営放送で、こんなタイトルの番組があったっけ?(”そのとき、歴史がどうしたこうした”) いくらなんでももう少しどうにかならなかったものか・・・ これは書物の歴史ではなく、グーテンベルグの活版印刷発明後わずか50年、海の都ヴェネチアは実は「本の都」だったというお話し。当時ヨーロッパで出版された本の半数がヴェネチアで印刷されており、出版業界の起源としてのヴェネチアの姿を描く。
そのとき、本が生まれたそのとき、本が生まれた
(2013/03)
アレッサンドロ・マルツォ マーニョ

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書物を扱うだけあって、有名どころの新聞社・雑誌の書評の多いこと、多いこと (書評自体は総じてつまらない)。電子書籍でグラグラの出版界が、思わず飛びついてしまう本だということか・・・ 当時高価だった紙を節約するために生まれたイタリック体や二段組、ピリオドやカンマ、書見台ではなく持ち運びできる文庫本、宗教や学問のためではなく娯楽としての本、医学書に美容書、料理本、そして楽譜と、これらはこの当時にヴェネチアで生まれた・・・とここまでは横並び、出版社からのパクリのような書評。確かに私も全く知らなかったけど、その驚きよりも、それを生み出したヴェネチアという都市国家の凄さ(が、驚きだと私は思うけど?)。人種のるつぼと云われる現代のNew York以上の国際性、種々の宗教・人種を受け入れる寛容さと自由さ、資本の充実、そして商業としての出版業という概念が既にそこにはあったってことが凄い。

本や文字というのはある種の危険物なわけで、それはインターネットと似ていなくも無い。他宗教や思想を取り締まりたくば、下手に本など流通されたり、識字率があがるのも困るし、写本なら手間隙かけて複写をするのに、機械にかけて次から次へと書籍が生みだされては、それは悪魔を世に放つ行為でもある。

出版界のミケランジェロと呼ばれたアルド・マヌーツィオは、文庫やイタリック体など多くの発明をしたけれど、世界初のアラビア語で印刷されたコーランも出版し、それは失敗する。このコーランは、非イスラム教へ向けたコーランの解説書ではなく、イスラム教徒に向けアラビア語で印刷されたというのがミソで、イスラム教は写本、つまり手書きの書体しか長らく認めていなかった(神の言葉が機械印刷ではいけないのである) しかも、写本内に一字でも間違いがあれば打ち首の恐れもあったらしい。実はこの世界初のアラビア語コーランは長いことその存在は謎に包まれていたが、20世紀も終わりになってヴェネチアで発見された。それは世紀の大発見であることは間違いないのだけれど、書物というものはつい最近まで、誰もが気軽に書いたり出版したり、読んだりするような存在ではなかったということだ。100年前はまだ世界は焚書時代だったわけで、なおのこと15~16世紀のヴェネチアの出版業界は凄いのである。

その悪魔だが、世界に星の数ほどある固有の言語を記録するためにはどれほど貢献したのだろうかと、そんなことも考えさせてくれる。口承でしか言葉が伝わらなかったら、消滅してしまった言語もあったはずだが、印刷し書物を残すことで、文化が残るまたは復活もしただろう。今でこそ、口語と文語はさほど違わないけれど、日本だって漢文と和文が混在したように、ヨーロッパでもカトリックはラテン語、イスラム教はアラビア語、正教はギリシャ語、でも人々の日常は別言語で営まれる。文字というものは不思議なパワーを持つものなんだなぁ・・・

ノンフィクションなので蘊蓄ネタに使えそうな情報は満載だけれど、普段フィクションばっかり読んでいるから、目は文字を追っているつもりでも、脳ミソの中は、ついつい色々な妄想が駆け巡り、蘊蓄はあまり蓄積できなかった (ヴェネチアのリアルト橋の露店で、本屋と八百屋がごた混ぜになっている映像等々・・・)。一つのカトリック修道院の狭い部屋に、コーランとユダヤ経典と聖書が同居できるという、世界史上稀にみる言論の自由を謳歌し、「本の都」となったヴェネチアが、その後衰退した過程がなんだか簡単に端折られたようで、よくわからぬままに終わってしまったことだけがちょっと残念。

そんな有難い書物に囲まれながら、喰わず嫌いが出来る私は幸せだ。そういえば、訳者あとがきにもあったけれど、電子書籍になくて紙の書物にあるもの、それは匂いなんだなあ (よくぞ書いてくれたと手を叩いた私)。新刊には新刊の匂い、古本には古本の匂いがある。新たな本を手に取った時、この匂いがないのは寂しいのよね。が、将来、匂い付き電子書籍が誕生するとは思えない (付けろ、とも云わないよ)
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コメント

[C430] あいかわらず・・・

見事な文章でありますな。

それにしてもヴェネツィア、すごい!
  • 2013-05-30 13:31
  • さかい@多言語多読
  • URL
  • 編集

[C431] いまだに

リアルト橋で、本の屋台と八百屋の屋台が軒を並べている脳内映像が消えない。
  • 2013-05-30 22:23
  • Green
  • URL
  • 編集

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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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