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マクラ

ググってもあまりにも出てこないので、Amazonで検索して画像付でヒットしてちょっと驚いた。何となく、東欧ものだから買ってみた(どうも東欧ものには弱い)。”現代ハンガリーの話題作”だそう。蛇足(なのか?)だが、「全国学校図書館協議会選定図書」らしい (それが何かはざっと調べたが、コメントは差し控える・・・ 長くなりそーな話しはまた今度!)
マクラマクラ
(1988/05)
アーコシュ ケルテース

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時代はハンガリー動乱(1956年)頃。主人公マクラは真面目で善良な小市民。目立つことが嫌いで、ささやかな幸せを望む、自動車修理工の青年。が、ジプシーの血を引くその外観は、周囲から特異な存在として常に注目を浴びてしまう。知性もあり芸術的才能を持ち、模範的労働者として働きながら、融通の利かない正義感と、適当にかわしながら妥協をしていくという処世術がないばかりに、自己卑下を味わい、自身に満足をもたらす生き方が出来ない。ある日若い女性画家のヴァリに出会い、その情熱的で反ブルジョワ的な急進的思想に憧れるものの、既成の因習や道徳を無視し、結婚や家庭というものを受け入れないヴァリの生き方についていけず、結局彼女からも逃げ出す。代わって手に入れたのは、愛情のない平凡な女性との結婚と、それなりの社会的成功であったが、彼が憧れた、世間の多くの人と”同じような” 人生は、彼にとっては、自分を偽ることで表面的に取り繕う犠牲と葛藤の日々になる。身体を壊し、精神的に不安的になり、結局自ら望んだはずのなりたい自分は間違いであったと気付いた時、彼に残された道は自殺しかなかった。そして彼が此の世を去った時、誰も妻さえもその自殺の原因を理解できなかった。

と、先を読むに従って、挫折と崩壊に向かっていくマクラの姿はDepressing以外の何ものでもない。読者まで落ち込ませるほどのDepressing具合に、本を読むのが辛くなる。ヴァリの急進的で破天荒な生き方は、憧れたところで、簡単には真似の出来るものではないし、そう出来ないことで意気地なし呼ばわりされても、それはきつい。ハンガリー動乱という社会的背景を抜きにしても、この世間や多数派が期待する姿を無理に信じ込み、自分にはめ込む生き方は、きっと無意識に多くの人がやっているはず。問題は、適当にやり過ごし、妥協することができるか、出来ないか、出来ない人間はどうすればいいのかってことで、それは身に詰まされるような直球ど真ん中な提議で、まるで我が身が問われている気分にさせられるから、この本は落ち込む。

ハンガリーはソ連支配下の共産圏時代でも、比較的自由な空気があった国だとどこかで習ったが、解説によれば、思想や良心の自由を保証され、芸術に対する社会的リアリズムを強要されない代わりに、ソ連批判も政府批判もご法度という暗黙の慣例の中で人々は生きていたそう。つまりそれが、適当にやり過ごし、妥協するという模範的人生なわけだ。数十年単位で社会制度がコロコロ変わり、国境さえもコロコロ変わり、そんな中でも生きていくには、適当にやり過ごし妥協するような、見なかった、気が付かなかったことにするいい加減さがなければ自分が崩壊する。それがマクラということか・・・

人生の基軸は、自己満足。他人を満足させてもしょうがない。何の強要もないこの平和ボケ日本人の私なら、何でも出来るのか?出来ないんだなあ、これが・・・ つまり、出来ないという錯覚なんだろうなあ。
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