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盆栽/木々の私生活

またしても、帯の言葉につられて新刊買い。
<ポスト・ボラーニョ>世代の旗手による・・・(省略)
既にポスト・ボラーニョ世代がいるのか?いやいやそれよりも、ボラーニョは既に帯に使われるくらい凄いのか?ポスト・ボラーニョは1975年生まれ。私より若い人は確かに若手だ。
盆栽/木々の私生活 (EXLIBRIS)盆栽/木々の私生活 (EXLIBRIS)
(2013/08/24)
アレハンドロ サンブラ

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処女作『盆栽』と『木々の私生活』の中篇2篇が収録。

チリの首都サンティアゴに住む、作家志望の若者フリオ。学生時代、彼にはエミリアという恋人がいた。彼女と過ごした日々、二人が読んだ本の数々、現在フリオが書く小説「盆栽」の構想、そしてエミリアの死…メタフィクション的かつ斬新な語りと、生と死をめぐる即物的なまでの描写が胸を打つ(『盆栽』)。ある晩、絵画教室から戻らない妻ベロニカを待ちながら、幼い義理の娘ダニエラを寝かしつけるために自作の物語「木々の私生活」を語り聞かせる日曜作家のフリアン。妻は帰ってくるのか、こないのか。不意によみがえる過去の記憶と、彼と娘の未来が、一夜の凝縮した時間から広がっていく(『木々の私生活』)。樹木を共通のモチーフとして、創作と書物、失われた愛、不在と喪失の哀しみを濃密に浮かび上がらせる。深い余韻を残す、珠玉の二篇。

最近の作品は、それなりに面白く仕上げてあるが、小奇麗過ぎるし、毒がないし、どうも薄い感じがするし、とにかく読了後の余韻を楽しめない。正直期待はしていなかったが(買ったとはいえ)、これは嫌いじゃない。嫌いじゃない、はかなり誉めているつもり。

ポスト・ボラーニョはラテン文学のイメージを一新するような静けさで、言葉も少ない。饒舌で暑苦しく幻想的なラテンアメリカは全くなく、モチーフが何といっても《盆栽》と《木々の私生活》という植物。でも軽やかかと云われるとちょっと違う。饒舌では決してないが、削ぎ落とされた文章という感じでもない。何故エミリアが自殺をしたかとか、なぜベロニカが戻ってこなかったかは、確かに何にも書いていないが、その代わり繰り返し書かれるセンテンスにはかすかにラテンっぽい執拗さが隠れている。過去と現在と未来も云ったり来たりと蛇行を繰り返すが、描かれているのはあくまで庶民の暮らし。でもどこか世捨て人のような、現実と折り合いをつけられないぎこちなさは、確かに万国共通で現代的。どことなく不思議な独特の雰囲気は、三人称で語られていながら、立場は一人称のような主観的な視点と、その第三者である語り手が、冒頭から悲観的な結末を宣言するという構成からくるのか?これは読む人をとても不安にさせる。

1975年生まれは、チリのピノチェト将軍クーデターの2年後に当たる。クーデーターは生まれた時には既成事実だった世代で、そこがポスト・ボラーニョであり、さらに遡る世代とは大きく違う。ボラーニョもアジェンデも亡命の道を選んだが、サンブラは祖国から出ることなく、作家の道を選んだ世代。もちろん子供時代はピノチェト独裁政権下で過ごし、その様子はかすかに感じられるが、旧世代(?!)のような声高の怒りは上げていない。その後様々な国の作品が読める時代になり、作品の中に所狭しと書かれる古今東西の作家とその作品からは(日本からは川端康成に三島由紀夫)、彼のBookish加減が充分に味わえる。

処女作+1だから、誉めてあげるにはまだ早いが、次回作出版の折には、また読んで差し上げます。
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