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解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯

伝記もの。以前「英国畸人伝」という本を読んだけれど、イギリスは奇人を生む国らしい。18世紀、まだまだ迷信やキリスト教的教義やが常識のように信じて疑われなかった時代に、現代の医学の基礎を築いたともいえる「近代外科医学の父」と呼ばれたジョン・ハンター。
解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯 (河出文庫)
(2013/08/06)
ウェンディ・ムーア

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著者のWendy Mooreはジャーナリストで外科医の伝記ながら、決して専門に特化した話しばかりでなく、医学に無知な私のような素人にも充分面白い奇人っぷりを沢山のエピソードを交えて紹介してくれている。奇人にも色々なタイプがいるだろうけれど、彼の奇人っぷりは、変人というより、時代の先を行き過ぎた故の奇人、世間の評判や既存の理論に囚われることなく、真実を探求するが故に生まれてしまう世間との軋轢が、奇人・奇行となってしまった、というところか・・・

グラスゴーの田舎で育つ。勉強嫌いで、野山を駆け回り、植物や動物や自然相手に育った若者が、10歳年上の医者になっていた兄を頼ってロンドンに移住。兄の元で助手を勤めながら、天性的な好奇心と、自分で実証するまでは世間の定説など一切信じないという性格は、解剖医学の範疇からはどんどん飛び出し、内科もやり、珍獣の類の動物の研究まで行い博物学も研究、人体や動物の標本技術者としては超一流、軍医のキャリアもあり、歯科にまで手を出す。解剖実験に必須の死体入手は(人間も動物も)彼が一生苦労したところだが、18世紀のロンドンでどうやって死体を手に入れるかは、驚くやら、面白いやら。そもそもこの時代、死体どころか生きた人間の身体に触れることさえ、タブーであったらしく、医者の診察や治療といっても下剤、吐剤、瀉血しかなかったらしい。外科手術による治療などとんでもない異端で医者も手を出さず、解剖だの外科治療はなんと、ナイフを扱う床屋の仕事だったとか。需要に供給が追いつかない死体収集は、ブローカーも存在するし、墓堀人もいるし、死刑になった死体の奪い合いも普通で、死体欲しさに殺人だってやったらしい。ハンターも死体獲得のため、かなりえげつなくその闘争に自ら乗り込んでいる。特異な体質、研究対象の症状を抱えた病人の死体を手に入れるために、葬儀屋に金をつかませて横流ししてもらうなど普通だったのである。当然の帰結(?)として、自分の身体を実験台にして淋病・梅毒研究をした。つまり菌を自分のペニスに植え付けて、自ら性病にかかり経過観察をした。とにかく生命の理論を解き明かすためなら、何でもやった人なのである。

奇人ハンターは確かに善人ではなかった。腕のいい外科医だったからそこそこ収入はあったものの、研究と人体収集と剥製と標本コレクションのために、収入の全てをつぎ込む。住居のあったロンドンレスタースクエアの邸宅はまさしく博物館になっていたそうで、14,000もの標本を持っていたらしい。稼いでも稼いでも常に金欠。性格は短気で、ガサツな態度、上流階級からは眉をひそめられる人物で、同僚の保守的な医者たちとは全く相容れない。でも、研修医たちがこぞって彼の元で働きたがり、下手くそなスコットランド訛りの話し方でありながら、自ら開く医学研修教室の参加者たちをたちまち虜にする。敵も多かったけれど、とにかく病気を治してくれるのだから、当時の有名人だって彼にすがったらしい。首相も王室の人たちも彼の患者になったし、あのアダム・スミスも彼に痔を治療してもらったそうな・・・ガリレオやダーヴィンもそうだったんだろうけれど、先駆者というものは奇人扱いされるのが宿命なのね。

このジョン・ハンター、こんなに凄いのに、日本ではあまり知られていない気がする。彼の弟子の一人、いや一番弟子、にエドワード・ジェンナーいるが、このジェンナーなら私は知っていたぞ!子供の頃、児童書だったがジェンナーの伝記を読んだ。そこで、天然痘と種痘って言葉を知るわけだが、種痘という予防法を開発した彼もそういえば息子で臨床実験を行ったんだよね。ジェンナーは都会暮らしが合わないと結局は田舎の医者を選ぶが、確実にハンターのDNAを受け継いでいる。

さて、ハンターの膨大な標本コレクションは現在、王立外科医師会(The Royal College of Surgeons of England)の Hunterian Museumで見ることができる。Historyの中でちゃんとハンターも紹介されているが、剥製の画像がずらりと紹介されてはいないので、やっぱり見るならロンドンに行くしかなさそうだ。
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