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密林の語り部

ガルシア・マルケスが亡くなったという悲報を聞いた18日、私は彼と交流のあった(仲が良かったのか悪かったのかは謎)リョサの「密林の語り部」を読んでいた。ちなみにガルシア・マルケスの「百年の孤独」はもうかれこれ20年も前、本読みとしてはあまりにも未熟であったにも関わらず、無謀にも読み始め、5回は挫折し、どうにか読了したものの、今となってはほとんど憶えていない。その後、マルケスの作品は3冊位は読んだろうけれど、どうしても波に乗れぬまま、まあ、そのうち、再読してみよう・・・と思いながら、今日に至るまで一冊も再読していない。すっかりラテン好きになった今こそ、再度読んでみるべきだろうけれど、いったい本棚のどこに「百年の孤独」が隠れているのか、まずそこから始めるとなると、敷居が高いのである。で、「密林の語り部」だ。
密林の語り部 (岩波文庫)密林の語り部 (岩波文庫)
(2011/10/15)
バルガス=リョサ

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タイトルから想像するプリミティブな印象は、読み始めてすぐに”ない”ということに気付いた。

小説ではあるけれど、この本の「私」はあきらかにリョサだろうと、読者に思わせる構成。「私」はペルーに住む物書きで今は真夏のフィレンツェにいる。ダンテやルネッサンス絵画に囲まれたこの街で、ペルーの写真展でインディオたちに囲まれている語り部の写真に釘付けになる。外部の人間にはその存在をひたすら隠す「語り部」。「私」がペルーで学生だった頃の友人が、マスカリータ(仮面)と呼ばれていたサウル・スターラス。ユダヤ人で、赤毛で、顔の右半分に紫色の痣を持つ彼は、「私」にアマゾンの小集団で常に密林を移動するマチゲンガ族の間で物語を語る「語り部」の存在を語る。30年後、テレビの仕事でアマゾンを訪れた際に、知り合いの言語学者から、顔に痣のある白子の「語り部」がいた、という話しを聞いた「私」はそれが、あのサウル・スターラスであると確信する。彼はイスラエルに移住したはずだが、結局その痕跡は追えなかった。学者としての安泰な将来を捨てて、父の死後イスラエルに行くと見せかけ、実は全てを捨ててアマゾンの密林に奥地に入り込み、彼は語り部となったのである。

2、4、6章は、「私」の語る「語り部」を追う話し、そして3、5、7章は、「語り部」が語るマチゲンガ族の物語。語り部の物語は、正直解り易くはない。天上と地上、悪魔と人間と動物、死と再生、八百万の神の物語を持つ日本人にその世界観は似ていなくもないのだが、それは世界観というより宇宙観と云ったほうがいい程の太古の混濁した宇宙だ。

グローバリゼーション批判という読み方は出来る。白人中心の西洋的な文明社会とその進化は果たして進化であり、人類の幸福に繋がっているのか?抹殺されようとしている少数民族の文化は原始的で稚拙なのか?しかしこんな二元論は私ごときが考えてもあまりに単純過ぎる。作家を生業に選んだリョサが語る「語り部」にこそこの本の真髄があるような気がする。と、ネットをつらつらと見ていたら、彼がノーベル文学賞を受賞した際に語ったスピーチの翻訳があった。
マリオ・バルガス・リョサ:「ノーベル文学賞2010受賞演説」
文学は虚構で、虚構こそが人間を自由にする・・・ あまりにも簡単だけれど、そういうことか。。。
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