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紀ノ上一族

短篇でもなくエッセイでもなく、所謂純文学物で長篇で日本人作家となると、さて、最後の読んだものは何でいつだったか全く思い出せない。さすが久生十蘭。私の喰わず嫌いを直してくれそう・・・
紀ノ上一族紀ノ上一族
(1990/08)
久生 十蘭

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洒落ていて軽妙で見事な構成、リズミカルな文体、そんな楽しい久生十蘭しか読んでいなかった初心者にとって、この『紀ノ上一族』は、あまりにシリアスで重く、残酷で後味も苦い。

太平洋戦争下に執筆されたこの作品は、現代に発表されようがアメリカから非難轟々を浴びそうなほどの反米小説。当時反米のプロパガンダとして大いに利用されたことは容易に想像できる。

明治39年、和歌山県那賀郡紀ノ上村の入植団52名が、カリフォルニア州農事局の招聘でサンフランシスコ港に入港する直前から、この一族の辛い歴史が始まる。サンフランシスコ大地震の真っ只中に到着してしまった一族は、時の日本人排斥運動の政治勢力の中、無実の罪を着せられ、地震後の狂乱の中でスケープゴートに仕立てられ、アルカトラズ監獄へ送られる。そして脱獄者はその後デスバレーに送られ、そこで皆殺しにされる。これが第一部加州(カリフォルニア)。

第二部は巴奈馬(パナマ)。日本滞在を経験しているドイツ人の医師が出会う、知的で凛々しい黒人の子供たち。実はコールタールを塗られ、パナマ運河建設現場で爆破事件を起こした黒人の子供として法廷に立たされた紀ノ上一族の第二世代。必死に助けようとする医師の努力も叶わず、彼らは黒人として、但し心は日本人として、殺される。

第三部はカリブ海。一族の生き残りたちは、カリブ海ヴァージン諸島のの小さな孤島を買取り、日本旗を掲げ、その過酷な環境の中で暮らしていたが、アメリカ軍の爆撃演習の標的にされ、島ごと絶滅させられる。

第四部は羅府(ロスアンジェルス)。紀ノ上一族の数少ない生き残りたちが、FBIの標的となり”不快なる家族”として、事故に見せかけ次々と殺されていく。アメリカ側の執拗で徹底的な迫害、弾圧、抹殺の方策は尋常だとは到底思えない。そして最後の紀ノ上一族が此の世から消える。

”滅びの美学” と解説されるが、美学でいいのか??
「自殺しようと思うなら、おれだっていますぐでもやれる。しかし、それでは完全な敗北だというんだよ。どうせ死ぬ命なら、いっそ、出来るだけ残酷な方法で米国人に殺されてやれ。おれ達一族の命を賭けて、亜米利加の歴史に、永劫、拭うことの出来ぬ汚点を一つ増してやろうというのだ」
こう云ったのは、最後の一人、定松。ブラックバーン判事の自殺の勧告を受け、握手をするふりをして、彼の腕をへし折り、激痛に逆上したブラックバーンが定松を撃ち殺す。
「ブラックバーン君、おれの勝ちだ。」
これが息絶える直前の定松の言葉。負けて勝つ。執拗で残酷な迫害とそれに徹底的に抵抗するマイノリティーの生き様はどちらも尋常ではない。滅亡直前の一族の生き残りたちは意外な程に淡々と死を覚悟し、その日を待っている。それを軽妙とは云わないのだろうが、私の知っている十蘭節が少し覗くような気がする。
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