Entries

ママ・グランデの葬儀

遅ればせながら、追悼 García Márquez。「百年の孤独」をはるか昔に読み、その後(たぶん)2-3冊読んだろうけれど、それ以来彼の作品はとんと読んでいない。マコンド年代記とあるが、マコンドは「百年の孤独」の舞台になった架空の村の名前。この「ママ・グランデの葬儀」は、それより前に書かれた短篇集で、まだ彼自身の中で「百年の孤独」が形になっていなかった頃の作品だそう。なので、短篇のひとつひとつは、「百年年の孤独」のひとつのエピソードとして、挿入されていても不思議ではないような作品たちが揃っている。

ママ・グランデの葬儀 (1979年) (ラテンアメリカ文学叢書〈11〉)
mamagrande

García Márquezの常として、「百年の孤独」を基準にすべてが語られるような気がするが(少なくとも様々なレビューを見る限り、そう見える)、ラテン文学の枠を取っ払っても、「百年の孤独」はきっと百年後も語られ続けている本だろう。ちょっとそれに反感を感じるのは、私が天邪鬼なせいだとは思うが、「百年の孤独」の記憶がほとんどない私にとってこの本は、単体で読んでも面白いのだろうか?、つまり私はGarcía Márquezが好きなのか?という試金石になってしまった。ラテン文学に感じる法螺さ加減、暑苦しさはないな・・・ クスリとも笑うところがなかった。抑制の効いた文体は冷たい印象だけれど、それはコルタサルのようなヨーロッパ的な雰囲気とは全く違い、そこには南米のフォークロアがある。”孤独”というのが彼の作品に一貫して流れるテーマらしいが、それは十分に感じる。とにかく何だか淋しい風景ばかりが広がる。孤独の奥の暗闇は逃避できない現実であり、それを超現実的に描くことでかえって闇は広がるわけだ。

マジックリアリズムが結局何なのか(妖術とか魔法とか、そんなことじゃあないことはわかるが)、どんどんわからなくなるが、奇想天外でも劇的な展開でもないくせに、読者をひきつけるその術こそが魔術なんじゃないかと思えてくる。ストーリー展開で読ませるわけではなく、文章をどう洗練させるか、そぎ落としていくかという技術みたいなものが、彼の凄さではないだろうか?きっとプロの作家たちが絶賛するのは、その技術の難しさを彼らがよく分かっているからなのかも知れない。

なんだ、結局私も「百年の孤独」基準から逃れられないのか・・・・ でもその昔、四苦八苦して読み終えたその本は、今読んだら全く違うものになって蘇りそうな気がしてきた。
関連記事
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://besideabook.blog65.fc2.com/tb.php/515-166d7f1f

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

Calendar

<
>
- - - - - - -
- - 1 2 3 45
6 7 8 9 10 1112
13 14 15 16 17 1819
20 21 22 23 24 2526
27 28 29 30 - - -

全記事

フリーエリア

フリーエリア