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イカロスの墜落

自在の輪 (叢書 創造の小径) だけではやはり何とも残念なので、もう1冊入手した(結局)。今回はピカソ。
イカロスの墜落 (1974年) (創造の小径)イカロスの墜落 (1974年) (創造の小径)
(1974)
岡本 太郎

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イカロスの飛行

『イカロスの墜落』、正式タイトルは、”悪にうちかつ生命力と精神力” は、パリのユネスコ本部の大ホールを飾るピカソの壁画。この本は、彼がこの作品のためのデッサンを描きはじめた最初から(1957年12月) 完成まで、約2年間にわたる数々のデッサンが掲載されている。解説をしているのは、美術評論家ガエタン・ピコン、そして翻訳は(あの)岡本太郎。デッサンの最終形がユネスコ本部の『イカロスの墜落』というような、単純に時系列に並ぶ創作活動の記録では全くない・・・・ というところが、「創造の小径」たる所以でもある。が、何はともあれ、これが 『イカロスの墜落』 本物を見たことはない。
ikarosu

膨大なデッサンが並ぶ。しかし、そのデッサンを少しずつ洗練させたり、改良したり、削ったり、足したり、そんな一つ一つのピースを積み上げていくことが、創造ではないという。そんなピースの寄せ集めが創作ではなく、一つ一つのピースが現れてくること、それ自体なのだという。配列を考えるではなく、要素が絶えず入れ替わるその動きの持続こそが重要だと。。。 つまりそれは、《コンポジション》 ではなく、むしろ 《ポジション》 というべきものである。膨大なデッサンを丹念に組み合わせても、決してそれはピカソの 「イカロスの堕落」にはならない。創造は、思いがけぬ瞬間の積み重ねで、繋がらない隙間の連続なのである。精神に先んじて動く手だけがそれを成し遂げることができるのであって、それを製作の後から説明しようとしても、説明しようがない。

最後は岡本太郎による「ピカソと私」というあとがき。
1929年、18歳になった岡本太郎はパリに向かい、そこで10年を過ごす。そのパリでピカソを見て衝撃を受けたという記述がある。
「私は何よりもピカソを一つのポイントとして、そこに挑み、闘うことを決意したのだ。彼に感動したからこそ、アンチ・ピカソになったので、それはもちろん、自分の芸術の運命をひらいていくきっかけでもあった。」

岡本太郎によれば、ある作品に感動するということは、形式上の影響を受けるとか、模倣したりすることでもなく、むしろ ”それに挑戦し、正反対のものを突きだすことによって、本質をつかみとる” ことであるという。他と自を同時発見することで、”共感すればするほど、個性は燃え上がってくる。” その後ピカソはあまりにも巨人になり過ぎた。何をやってもピカソだから、と許されるほど、神格化した。それはまるで、”天国という牢獄に閉じ込められた” ような状態だった。この「イカロスの墜落」は、まさにそんなピカソ自身の堕落の暗示、ピカソ晩年の人間的な絶望感がそこにはあるのではないかと、岡本太郎は云っている。

 しかし、最後にくりかえして言おう - ついに彼は《ピカソ》を出られなかった。結局、出口のない迷宮のなかで泳ぎ、跳ねつづけていたのだ。無邪気に、力強く、しかし絶望的に、孤独に。
 その惨めさとすばらしさ。悲劇をつらぬいて堕落していったこの巨人の運命に、痛ましさという以上の強烈な感動をおぼえる。
 やっぱり、彼の存在は美しかったと思う。
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