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鄙の宿

先日、東京国際ブックフェアに有給休暇をとってまで行ってきた。去年は行きそびれたので念願の・・・だった。出版関係者の商談の場でもあるのだが、金・土は一般にも開放され、そこで本が定価の2割引きくらいで買える。普段、古本ばっかり買っているのに、いまさら定価の2割引に狂喜乱舞はしないけれど、定価からちっとも落ちない本もあるし、発売間もないものはやっぱり2割は落ちない。だからそんな本が2割引きはやっぱりオイシイ話しなのである。で、そこで3冊買った内の1冊がこれ。
鄙の宿 (ゼーバルト・コレクション)鄙の宿 (ゼーバルト・コレクション)
(2014/03/25)
W.G.ゼーバルト

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ゼーバルトコレクションは最近できたコレクションではなかったから、まだ続いていたのにびっくりした(でもこれが最終巻らしい)。「アウステルリッツ」と「移民たち」が本棚のどこかにあったと思うが、久しぶりのゼーバルト。

白水社の紹介は上手い。
「魂の近親者」であった作家と作品への共感
ジャン=ジャック・ルソー、ローベルト・ヴァルザーなど、ゼーバルトが偏愛した作家・作品と人生を振り返る。彼らは時代の波に乗らなかった「脇役」であった。そして、「幸福」とは言えなかった人生を送り、書くことを止められなかった作家たちであった。
19世紀から20世紀にかけて、急速に変貌を遂げていく近代社会、資本主義、そしてナショナリズムへの傾斜を背景にしながら、そうした趨勢と思潮に背を向け、逃避し、孤独で病的な作家たちの生涯が、ゼーバルトならではの独自な視点から取りあげられた逸話を交え、いつものように印象深い図版を豊富に織り交ぜながら綴られる。彼らが一見小さな領域に引きこもっているかに見えて、むしろ誰よりも「時代の災厄」を感知し、それぞれが言葉で相対していたことが、ゼーバルト流の息の長い密度の濃い文体で明かされる。時空を越えた連想や脱線から時代が捉えられ、歴史を越えて、生きる苦悩のごとき普遍的な生々しさが浮かび上がり、心を強く打つ。
ゼーバルトの歴史へのまなざし、近代に対する鋭い批評性を改めて認識させられる傑作であり、「コレクション」の完結となる。カラー口絵6点収録。


ゴットフリート・ケラー、ヨーハン・ペーター・ヘーベル、ローベルト・ヴァルザー。ゼーバルトが30年も変わらず偏愛を抱き続けたという作家たちを手遅れにならないうちに敬意を表したい、として書かれたエッセイ。加えて、画家のヤン・ペーター・トリップ、云わずと知れたジャン=ジャック・ルソーの5名へのオマージュである。まさか自らの早すぎる死を予感したわけでもないだろうが、「鄙の宿」の3年後、ゼーバルトは不慮の事故で57歳という若さでなくなった。

私の不勉強もさることながら、ルソー以外は日本ではその名前さえあまり知られていない。ドイツ語圏では、著名な作家たちであるということだが、でも決して文学界の中心にいた人々ではなく、その周縁でひっそりと生きた人たち。徐々に肥大していく資本主義やナチスの影と戦うにはあまりひもナイーヴで、「驚くべき精妙さをもって人生を回避する行動障害」を持ちながらも、書くことの呪縛から逃れられない苦悩を抱えてた人たち。書くことの愉楽ではなく、”頭の中で回り続ける車輪をいい加減に止められたら” と願うような、逃れたくても逃れられない強迫観念を終生抱きかかえながら、ひっそりと生きた人たち。

にしても、ゼーバルトはまたしても私の手には負えないということがわかった。「アウステルリッツ」や「移民たち」でそれはわかっていたはずだけれど、あれから数年たったから、と楽観してみたものの、まだまだだった。7巻刊行されたゼーバルトコレクションの抜けを埋めながら、もう少し粘ってみたいと思う。
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