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シルトの岸辺

私は確か、文庫本が好きではなかった。いや確に今でも好きではないはずだ。。。 携帯に便利、軽い、薄い、小さい、安い、といいところを挙げればキリがないが、好きや嫌いは理屈ではない。その軽薄短小ないかにも現代の潮流に乗っかって、支流の態度を決めているのが気に入らない。本と言うものは、作品自体が読めればそれでいいのかと、年配者は思うのである。と云いながら、最近のこの体たらくぶりはなんだ??? が、が、久生十蘭が文庫にならず、国書刊行会の「定本久生十蘭全集」しかなかったら、顎十郎シリーズから先には進まなかったかもしれないし、白水Uブックスの前で歯軋りしたかもしれない。何よりの損害は、文学全集を組まれ、ごついハードカバーの中で鎮座するような古典的名作を一生ページを開かずに終えてしまうかも知れない。実際ウチには、「集英社版 世界の文学」が3-4冊くらいあるはずだが、どれも読んじゃいない。そしてこの「シルトの岸辺」はその中の1巻を成すのだが、岩波文庫ででていたら、思わず買ってしまい、早々に読み始めた(あ~~、体たらく) これは文庫でも540ページある。「集英社版 世界の文学」版だったら通勤本にはなれない。が、岩波文庫は500ページあっても屁でもない。正直、別の私が岩波様に感謝をしているのである。
シルトの岸辺 (岩波文庫)シルトの岸辺 (岩波文庫)
(2014/02/15)
ジュリアン・グラック

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時代や場所の設定は架空ながら、イタリアの都市国家を彷彿とさせるオルセンナ共和国。名門貴族の家に生まれたアルドーは、退廃的な都市での生活に嫌気がさし、将校として軍務につく。彼が赴任したのは辺境の地シルトで、そこは隣の大国ファルゲスタンと外交上は戦争状態にある前線基地でありながら、300年に渡り戦闘は行われておらず、城塞は朽ち、兵士は日々農作業を行うような場所。それは平和ボケというより、共和国全体が倦怠感と退廃に包まれている。誰も現状を変えようとはしないし、この状態が永遠に続くはずであると信じている、いや信じようとしている、と云った方が正しいのかも知れない。アルドーだけでなく、皆が ”向こう” と呼んでいるファルゲスタンは暗黙の了解として話題にすることはないが、無意識下では何かを期待して待っている。そんなアルドーの無意識下に火をつけたのが、かつての恋人のヴァネッサ。彼女にそそのかされるように無人島に渡り、対岸のファルゲスタンの火山を眺めるあたりから、オルセンナ共和国は終局に向かって加速し始める。アルドーは巡察船を出し境界ぎりぎりまで航行させ、最後には哨戒水域を越えてしまうのだが、本書では最後の最後まで戦闘は開始しない。

かつて繁栄したのであろうオルセンナ共和国は、その弛緩しきった状態で、完全に死をまつだけの老いさらばえた老人の体。アルドーの航海も命令なのか彼の意思なのかははっきりとしないのだが、それを本書の解説では”宿命”の物語と位置付けている。絶対に口に出さずにいた ”戦争” や ”敵” という言葉が一旦解放されると、皆が熱病に浮かされたようになり、国は騒然とした躁状態に陥る。宿命がこの本の主題であるなら、老いた果ての宿命の自殺行為とも云えそうだ。来るはずのない敵を待つ前線基地という設定は、以前に読んだブッツァーティの『タタール人の砂漠』を彷彿とさせる。実際『タタール人の砂漠』は「シルトの岸辺」が刊行される数年前にフランスで発売され、盗作疑惑もあったらしいが、設定だけが似ていただけで、物語の展開は全く違う。正統派とも呼べそうなストーリーと詩的な文体は、緩慢としているのかと思いきや、むしろシュールな印象。アルドーには実態を感じられるのだが、それ以外の登場人物や、街、要塞、対岸の敵国、政府の上層部の言葉も全く実態がない夢の中の出来事のようだ。展開はゆっくりだし、文体はどちらかと云えば濃密なので、500ページを前にして睡魔との葛藤になるかと思いきや、文体と相反するようなオルセンナの崩壊への加速感がある。

宿命を抜きにしても、弛緩し、平和ボケした無能な国家の崩壊や、国民すべてが暗黙の了解のうちに口を閉ざしながら、でも実はすべては公然の秘密という状況、一旦火のついた感情が見る間に加速して国民総勢で熱病にかかる様など、穿った読み方をすれば(笑)、現代のどこかの国勢をなぞる面白も味わえる。
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