Entries

リモンの子供たち

これは「ニキーナ」の後に読んだが、まとめ書きするとなると、きっと最後の一冊になるだろうと予想はしていた。クノーは大好きだが、読んだ5分後に粗筋を忘れてしまうんだなァ・・・ 

「わが友ピエロ」以来なんと、1年半近く最後の一冊を暖め続けてしまった。が、これが最後の「レーモン・クノーコレクション」。
リモンの子供たち (レーモン・クノー・コレクション)リモンの子供たち (レーモン・クノー・コレクション)
(2013/01)
レーモン クノー

商品詳細を見る

実在の〈狂人〉たちをテーマに『不正確科学百科事典』を執筆する、シャンベルナックとブルジョアの一家、リモン家。二つの世界が交錯しながら、突飛な〈狂人〉たちの言行が、破局へ向かう時代の空気を照らし出す。人間の愚かさを根源的に問う、クノーの知られざる傑作。

何だかいつものクノーと違う。
・政治色が強い
・軽くてどこかホワホワしていて、平易な文章で荒唐無稽な設定で、時にシュールで幻想的・・・なはずの作風を一転させ、どこか暗くて、難解な狂人による哲学満載で、妙にリアル。

リモン家の人々の交錯と、「不正確科学百科事典」なる著作を完成させようとしているシャンベルナック。実はこの「不正確科学百科事典」は、クノーが実際に調べて一度は出版しようと試みた作品であること。結局それは陽の目を見ずに、「リモンの子供たち」という作品に姿を代えたというわけ。「不正確科学百科事典」とは、「物書き狂人」を集めた百科辞典だが、「物書き狂人」とは何かと云うと、
「苦心の末の駄作(この語は軽蔑的に使っているわけではありません)が、その属する社会で発表されたあらゆる作品から離れており、(中略)先行するいかなる学説にも関係がなく、まったく反響をも引きおこさなかった、そういった作品の作者」
つまりは、師も弟子も持たず、いかなる反響も呼ばなかった書物の著者たち。

文学狂人のアンソロジーを完成させようとしながら、本はどこの出版社にも相手にされずあきらめる。そこには、例え自費で出版できたとしても、
無関心をもってしか迎えられないひとつの本をそんな風に流通させてしまっては、彼自身「文学狂人」のカテゴリーに入ってしまう危険があるからだった
ミイラ取りがミイラになる。文学狂人の編纂者が文学狂人そのものになる。
「狂気とは個人の自己神格化のことであり、そこでは集団的なものは一切認められない」

登場するリモン家の人々は、最初はバラバラに見えるが、徐々にその関係性が明らかになり、最後はひとつに収斂される。狂気の集大成と、ひとつに収斂された一族。そして、「不正確科学百科事典」への思いがどんなだったかはわからないが、本の最後は、クノー自信が登場して(自らクノーと名乗る)、シャンベルナックに語りかけるというオチ。このすべてが収斂され、昇華するようなエンディングが、今までのクノーの作品とは一風変わった印象を与える。一風変わったというより、虚しくて悲しい。

「リモンの子供たち」は本邦初翻訳の埋もれた名作と云われている。クノーについて、何か書くということは、文学者でも研究者でもない私には途轍のなく難しい。解説はどうでもいいとはいっても、そうすると ”これも面白かった” で終わってしまう。翻訳者、塩塚秀一郎氏の「あとがき」は、そういう意味でも貴重。一見可笑しな「不正確科学百科辞典」だけではない、この本に込められた若き日のクノーの精神がちょっとわかる。
関連記事
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://besideabook.blog65.fc2.com/tb.php/573-4f3ce9a2

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

Calendar

<
>
- - - - - - -
- - - - - 12
3 4 5 6 7 89
10 11 12 13 14 1516
17 18 19 20 21 2223
24 25 26 27 28 2930
31 - - - - - -

全記事

フリーエリア

フリーエリア