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アンデスのリトゥーマ

実は最近通勤バッグを代えた。これがどう本と影響するかというと、多少本が厚くても重くても楽々収納可能になったということを意味する。これが絶大なるパワーを発揮して、ついつい文庫本で済ませていた通勤本が300ページ超の単行本に様変わりした。Kindleに未だ走れない私には、これは大事なことだった。で、この本もあとがき含め約380ページ。

苛烈な“人民革命”の嵐吹き荒れるペルー。テロリストの影に怯えながら、荒涼たるアンデス山中に駐屯する伍長リトゥーマと、助手トマスの目の前で、三人の男が消えた。彼らの身に何が起こったのか?壮絶な暴力、無表情なインディオたち、悪霊をあやつる“魔女”―さらに愛すべきトマスの恋愛劇までからめながら、戦慄の結末へと展開する物語は、読者をとらえて離さない。交錯する語りのなかに、古来の迷信と残酷な現実がまじり合う、ノーベル賞作家・バルガス=リョサの世界を堪能できる一作。

アンデスのリトゥーマアンデスのリトゥーマ
(2012/11/07)
マリオ・バルガス=リョサ

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軽快で時に可笑しくユーモラス、そんなリョサ像が出来そうになっていた私の脳ミソに、ガツンと一発喰らわしてくれた。痛ましく悲痛なアンデス山中のすさんだ村ナッコスで起きた、消えた三人を巡る謎と、その真相を追う治安警備隊の伍長リトゥーマ。迷信深い山棲みのインディオたちや、陽気でしたたかな酒場の主人と、精霊をあやつるその妻への事情聴取も一向に埒が明かず、焦るリトゥーマ。この時期ペルーでは、土くれ(テルーコ)と呼ばれるテロリストが凄惨な粛清を繰り返している。村の唯一の働き口である高速道路の建設と鉱山は、山津波によって破壊し、村人たちは結局村を去っていく。フランス旅行者がテロリストに襲われるエピソードが挿入されたり、人間から脂を抜き取って殺すピシュターコと呼ばれる妖怪やムキと呼ばれる山の精霊の話し、そんな虚実入り混じるエピソードが随所に挟まれる。

いつ殺されるかも知れない伍長リトゥーマにとって唯一の慰めとなるのは、彼の助手トマシートの恋物語。元麻薬密売人のボディカードをしていたという前歴のある彼は、その密売人を殺し、その愛人メルセーデスをかっさらって逃避行をする。女に冷たくあしらわれようが、一途に健気にメルセーデスを愛する恋物語を、リトゥーマにせがまれるまま夜な夜な語るトマシート。この恋物語には、軽快でユーモラスなリョサの顔がちょっと見える。

酒を呑ませて躍らせ、村人を酔いつぶし、夜な夜な大騒ぎの酒場の主人ディオニシオと、魔女と呼ばれるその妻ドーニャ・アドリアーナの老獪な夫婦に原住民を代表させ、どこまでいってもよそ者のリトゥーマが何を問おうとのらりくらりとかわす。ここには明らかに文明の隔絶があるわけだが、よそ者リトゥーマの視点を貫くことで、読者は彼とともにその排他的な隔絶された文明をジワジワと味わうことになる。リトゥーマはある意味全うで公正ないい奴である。おそらく村人たちも彼を嫌っているわけではない。でもインディオという集団の前では、根深い土着信仰や、神話と現実との区別がないかのようなその文化は、その外にいるものにとっては対峙する対象となる。

再びリョサの「ノーベル文学賞2010受賞演説」から。。。
文学の嘘は私たちの体を通して真実となり、そして読者は熱望に取り憑かれて変容し、文学の虚構のせいで凡庸な現実に絶えざる不信の眼差しを向けるようになります。自分が持たざるものを持ちたい、自分と異なる存在になりたい、異教の神々のような地上的であると同時に永遠でもある不可能な存在に近づきたい、我々にそんな夢を見させてくれるこの魔法、文学は、人間関係における暴力を少しでもなくすことに貢献してきたあらゆる偉業の背景にある不服従と反抗の精神を、私たちの魂に注入してくれるのです。暴力を少しでも減らす、そう、根絶するのではありません。私たち人間の歴史とは、幸いなことに、今後も常に未完の歴史となるでしょうから。だからこそ、私たちは夢を見続けなくてはなりません、本を読み、本を書き続けなくてはなりません、それこそが、この死すべき定めを慰め、時間の浸食に打ち勝ち、不可能を可能にするために私たちが見出したもっとも有効な手段なのです。
文学の力を信じていいと思わせてくれるだけで、リョサは読むに値する。

この「アンデスのリトゥーマ」は、「緑の家」、「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」に続くリトゥーマを登場させた三部作の最後。順番は無視してしまったが、通勤バッグも大型化したことなので、来年はまず「緑の家」から始めてみることにした。
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