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山猫

ご多分に漏れず、私もヴィスコンティ監督の映画『山猫』から入ったくち。劇場ではなく、テレビ放映があった際に、トライしてみたものの(たぶん2回)、どちらも途中で眠っていた。途中で眠っていただけなら、途中まで覚えていそうなものだが、全く覚えていない。巨匠ヴィスコンティで寝てしまう私はやはり高尚な芸術を解さない俗物なんだろう。岩波文庫版のこちらは、オリジナルのイタリア語からの翻訳で、(知らんかったけど)映画は第6章の舞踏会シーン(これが途轍もなく長いらしい。知らんかったけど)で終わるが、原作はさらに2章、第8章まである。貴族の館で、バート・ランカスター(サリーナ侯爵)とアラン・ドロン(その甥タンクレディ)、クラウディア・カルディナーレ(タンクレディと結婚)の会話シーンのみしか記憶にないまま、原作に挑戦。
山猫 (岩波文庫)山猫 (岩波文庫)
(2008/03/14)
トマージ・ディ ランペドゥーサ

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ストーリーは1860年から1862年までを中心としたイタリアのシチリアが舞台。名門貴族サリーナ家の当主・ドン・ファブリーツィオ公爵とその家族を描きながら、イタリアが統一国家に向かう歴史を背景に、旧勢力であるサリーナ家の没落を描く。大河ドラマのような壮大なスケールを想像していたが、イタリアの歴史よりはむしろ、新旧勢力の逆転の中で滅びゆく名門貴族の最後の当主のドラマという要素の方が大きい。新勢力の象徴は、平民の村長とその娘と、サリーナ侯爵の甥の結婚。村長は飛ぶ鳥を落とす勢いの資産家で商売の才覚はあるものの、、貴族的なる美意識には欠ける。そんなある種の卑しさを疎む侯爵だが、彼は時代の勢いも滅びゆく一族をも覚悟し、貴族でありながら時代に流れに順応していくかわいい甥を愛している。

サリーナ侯爵は昔にしがみつく頑固者ではない。自分はもう新しい世界についていくことは出来ないが、でもそれを否定もせず、受け止めて、滅びゆくことを覚悟している。ドン・ファブリーツィオが新国家イタリアの上院議員への推挙を拒絶する長い対話の場面で、シチリアについて延々と語る場面が一番印象に残った。確か3-4ページにわたり、サリーナ侯爵がシチリアの地と血について、上院議員に語るのだが、それは会話で始まっていながら、演説に変わり、そして最後には、モデルと言われている作者の曽祖父の言葉を、トマージ・ディ ランペドゥーサ自身が語っているかのような強さだった。シチリア人はシチリア人であって、イタリア人にはなれないのか・・・

第7章では、時代は1883年に移り、死を迎える73歳の公爵の姿が描かれ、最終第8章は、時代はさらに1910年まで飛び、侯爵の娘コンチェッタが、今は亡きタンクレーディの友人から、半世紀前、タンクレーディもまた実はコンチェッタを愛していたことを知らされるという残酷な結末で終わる。

読書中映画の配役がそのまま私の脳内映像となっていた。バート・ランカスターにアラン・ドロン、そしてクラウディア・カルディナーレ。う~~ん、どうしてもバート・ランカスターには最後まで違和感があった。それでもようやく原作を踏破できた今となっては、ヴィスコンティの映画に再度挑戦したい。BS深夜でよいので、是非・・・ 今度こそ!
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