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レクイエム

千駄木のお気に入りの本屋に行くと、我が目を疑う本を発見した。あれだけ売上に貢献してあげているAmazonからのお知らせはなし。Twitterでフォローしている河出でもお知らせなし。でもこの本屋には本がある(Amazonサイトじゃなくて出版元にリンクしよう・・・) しかも発売は3月下旬だった。
イザベルに ある曼荼羅
Antonio Tabucchiがこの世を去ってから早3年。新刊が出るなんて思ってもみなかった。ドキドキしつつ本を開くが、何だか読むのが勿体ないような変な気分。で、そもそもこの本はなんなんだろうとあとがきからいきなり入ると、この本の経緯はさておき、既刊本「レクイエム」への言及多し。勿体ないついでに勿体ぶって、ウチの本棚から「レクイエム」を取り出し、予習というか再読に挑むことにした。

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

タブッキがポルトガル語で書いた本。ポルトガル語でしか書きえなかった本。うっすらと内容の記憶はある。
七月は灼熱の昼下がり、幻覚にも似た静寂な光のなか、ひとりの男がリスボンの街をさまよい歩く。この日彼は死んでしまった友人、恋人、そして若き日の父親と出会い、過ぎ去った日々にまいもどる。タブッキ文学の原点とも言うべきリスボンを舞台にくりひろげられる生者と死者との対話、交錯する現実と幻の世界。

7月のうだるように熱いリスボン。はるか昔に一度だけ、それも3日間だけ滞在したことのあるリスボンの記憶をぼんやりと思いだしながら、読んでみる。タクシーに乗る、ひどく汗を書いたので、墓地の近くのジプシーからポロシャツを買う、墓地ではタデウシュ・ヴァツラフ・スウォヴァッキという詩人を訪ねる、墓守とこってりとした昼食を供にする。たまらなく眠くなり、ホテルで休む。閉館を過ぎた美術館、古い灯台、さびれたバー、昔からいるバーテンダーとの会話、ビリヤード。主人公は、わずか1日の間に、生きている人と死んでいる人、既知の人と見知らぬ人、あわせて23人もの人々と出会う。人と会い、短い会話をし、そして別れるというたった一日の物語。出会いは現実の出会いもあり、死者との対面もあり、亡き父親もおり、そしてタブッキがこよなく愛したペソアもいる。23人という人数に最後に驚く位、この短いはずの一日は、終わってみれば、夢から醒めたような気持ちになる。

読了後、再び最初のページに戻り、タブッキのプロローグ読み返す。
このレクイエムは、ひとつの「ソナタ」であり、一夜にむすんだ夢でもある。わが主人公は、同じひとつの世界のなかで、生者に会い、死者に会う、そこに出てくるひとびと、事物、場所は、たぶんひとつの祈りを必要としていたのだろう。そして、わが主人公には、物語という彼なりのやり方でしか、その祈りを唱える手たてがなかった。だが、この本はなによりもまず、わたしが舞台として選び、わたしを語り手に選んでくれた国と、わたしが愛し、わたしを愛してくれたひとびとに捧げるオマージュである。

このプロローグの後、本書は「この本で出会うことになるひとびと」と題して、23人を列挙しているが、ここの登場人物が「イザベルに ある曼荼羅」に登場することになる。さて、勿体ないが「イザベルに ある曼荼羅」に移ろう。
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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

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