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嘔吐

Alain Robbe‐Grillet を読んだら、次はサルトルでしょ。。寝かし続けた『嘔吐』がようやく陽の目を見た。そして私には初となるサルトル。この現代の知の巨匠のような哲学者も名前以外で知っていることといえば、内縁の妻がシモーヌ・ド・ボーヴォワールであることと、ノーベル文学賞を拒否したことくらい。

4409130196嘔吐
J‐P・サルトル 白井 浩司
人文書院 1994-11

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一応小説である。が、所謂小説だと思うと、下世話な私なんぞは悪いけど、全然面白くない。構造主義や実存主義のどっちに賛同するかといわれたら、本が面白かった構造主義と手を組むわい。もう15年か20年くらい早く生まれていれば、マルクス主義ブームにのって社会主義を齧ってみたり、生意気に学生時代に哲学論争のひとつもしたのかも知れない。そうしたら、サルトルは避けては通れない一人になったはずだが、私が学生の時には、もう学生は能天気に遊んでいただけだった。

嘔吐は物理的な吐き気。面倒なので、あらすじはWikiからいただき。
何年かに渡る旅行から戻ったばかりの30歳のアントワーヌ・ロカンタンは、18世紀の政治下での生活における研究を終えるため、フランスの港町ブーヴィルに居を構える。しかし1932年の冬の間にある「甘い悩み」が彼がこれまで行ってきた、あるいは楽しんできたあらゆる物 — 彼の研究課題、図書館でアルファベット順に全ての本を読んでいる「独学者」たちの群れ、フランソワーズという名のカフェのオーナーとの肉体関係、かつて愛したイギリス人の娘アニーの記憶、そして彼自身の手や美しい自然さえも — から徐々に吐き気を呼び起こす。その後、彼の存在に対する嫌悪感は、半狂気、自己嫌悪、そして最後には彼という存在の自然への開放を強いた。ロカンタンは、やっかいで仮想的な「存在」そのものの制限された性質に直面していた。すなわち彼はサルトルの実存的不安理論を体現し、そのときまで彼の人生を満たしてきた全ての事象の意味を切望した。

形式は、ロカンタンの日記という体裁。彼はありふれた何もかもから、吐気を感じ、そしてそれはどんどんエスカレートし彼の精神を破壊しそうになるほど。その嘔吐の正体がわからないまま、ある日ロカンタンは公園の栗の木の根元でそれが何を意味するか知る。

ものがそこにあることに対する嘔吐なんて、私にはわからん。30歳にして冒険から足を洗い、年金暮らしのような田舎での執筆活動って優雅といえば優雅だ。そんなことは本筋からは大きく外れた下世話な意見だが、そこでつっかかっている低レベルな私。

① 「本質は実存に先立つ」のか?
② 「実存が本質に先立つ」のか?
① は神の仕業だ。人間を物を創造したのが神であるなら、本質があるから、実存する。でもそうでないとしたら、存在に意味などなく、ただそこにあるだけである。
う~~ん、なぜ神の御技から始まるのか?そのキリスト教的発想から、私はつまずく。

で、今回サルトルなる人物の半生も含め、いつもは難しいと半分読んであきらめてしまうこのサイトが面白かった
 「松岡正剛 千夜千冊
20世紀を代表する知識人サルトル。彼の偉大さは不明なまま終了。
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