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影をなくした男

1814年に刊行されたというから、かれこれ200年前のお話し。かなりよく知られた話しらしいが、私はとんと知らなかった。童話みたいなものを想像し He lived happily ever after な結末なのかと思いきや、そうじゃあないのね。翻訳はあの池内紀。

4003241711影をなくした男 (岩波文庫)
シャミッソー Adelbert von Chamisso
岩波書店 1985-03-18

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金に困っていた主人公ペーター・シュレミールは、金策に訪れた富豪の屋敷で、灰色の服を着た不思議な男に遭遇する。上着のポケットから欲しいもの、望遠鏡や絨毯や三頭の馬まで(ドラえもん!)、をすべて取り出してしまうが、周りの人間は全くそれに驚かない。気になるその男がペーター・シュレミールに近づき、彼の影が欲しいという。影をくれたら代わりに欲しいだけの金貨が出せる金袋をあげるという(これまた、ドラえもん!) 軽く交換をしてしまったペーター・シュレミールだが、影を失くした瞬間から、彼の人生が一変する。すべての人が影のない男として、彼を非難し胡散臭い目でみるようになる。有り余るほどの金貨で忠実な召使ベンデルを雇い、大きな屋敷に住み、影のないことを隠すため昼間は一切外出せず、灰色の男との一年後の再開を待ちながら暮らす。と、美しく気立ての良いミーナという女の子に一目惚れしてしまう。相思相愛の仲になるものの、影がないことをひた隠しにし、結婚申し込みの時になりそれがばれてしまう。一年ぶりに再会した灰色の服の男から、影を返す代わりにペーター・シュレミールの死後、彼をの魂を引き渡す契約にサインすることを条件にされる。これをきっぱりと断り、ペーター・シュレミールはすべてを捨て放浪の旅に出る。途中、履きつぶしてしまった靴を買い替えようとなけなしの金で買った古靴が、なんと一歩で七里を進めるという魔法の靴で(ドラえもん!)、ペーター・シュレミールはその靴を履き、世界中を飛び回り、植物研究家となる。

本書は主人公ペーター・シュレミールが自らの数奇な人生を友人のシャミッソーに宛てた手紙という形で構成されている。アデルベルト・フォン・シャミッソーはフランス貴族の生まれながら、1789年の革命で一家はベルリンに亡命し、プロシア軍として故国フランスと戦う。ベルリンに戻ったのちは自然科学を学び、本書のような小説や詩も残したらしいが、本業は植物学者。つまりペーター・シュレミールはもう一人の自分をなぞり、そしてそのもう一人の自分が、もう一人のシャミッソーに宛てて手紙を書くわけだ。古典童話のような挿絵もなかなか素敵だった。

影とはなんぞや、というのがこの本の一つの謎かけみたいになっているが、灰色の服の悪魔が本当に欲しかったのは、影ではなく魂で、キリスト教世界で、魂を売り飛ばした者に来世の幸せはない。と、それはいいとしても、影である。フランス人として生まれながら、ドイツ化して人生を送ったシャミッソーの祖国のメタファーなのかと安易に思うと、それはどうも違うらしい。誰も彼もが、余るほどの財産や来世の幸せを差し置いても影なしの人間を絶対的に受け入れない。それほどまでの影とは何?一時の苦しさから逃れるため、一番大事な(?)ものを金と交換し、その後後悔をするペーター・シュレミール。そこまで大事なものといったら、もう自分自身じゃないの・・・ そんなペーター・シュレミールにシャミッソーは、魔法の靴と自然科学という世界を与える。すべきではなかった影を渡し、後悔の念に苛まれ、でもすべてを捨てても魂だけは守り抜いたペーター・シュレミールに、悲しいけれど救いが残る人生を与えた。影が何だかわからなくても、その救いに私は救われたので、それでいいか・・・
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