Entries

チェゲムのサンドロおじさん

未読の文学の冒険シリーズも、ロシアものや英米ものばかりが残ってきてしまった。これもずいぶん前に入手したと思うが、どうにも掴みどころのないタイトルに騙されてほったらかしていた。ファジリ イスカンデルの名前を知るはずもなく、そもそもどの国の方かも理解しないままのほったらかし加減だった。
4336039577チェゲムのサンドロおじさん (文学の冒険シリーズ)
ファジリ イスカンデル 浦 雅春
国書刊行会 2002-02

by G-Tools

世界には当たり前だが、私の知らない国はまだある。ファジリ イスカンデルは1929年、旧ソ連黒海東岸の共和国アブハジアのスオミ生まれ。アブハジア共和国は恥ずかしながら初めて聞いた。まずこの国から。グルジアの最西端、黒海北岸にある共和国。歴史は想像を絶する複雑さなので、Wikiを読んでね・・・ 広島県と同じくらいの小さな国。山がちな地形ながら、温暖な気候で、ロシアの保養地になっていたらしい。紛争だらけで、独立どころかオスマン帝国だのグルジア共和国だのロシアだのといった宗教も異なるどこかの統治下に置かれながら、それも二転三転しつづけた歴史は目がくらくらする。

架空の村チェゲムを舞台にした豪放磊落というよりかなりカッコいいサンドロおじさんシリーズを選りすぐったもの。イスカンデルはこのシリーズを30篇以上書いたらしいが、全部邦訳して出版してくれたら、私は買うよ!というくらい、期待を裏切る良さだった。国の歴史を憂う悲しい物語では全くなく、全篇可笑しくて懐かしくて、スターリンもコルホーズ批判もあるのに、皮肉や笑い飛ばすというのとはちょっと違う。達観でも諦めでもない。いや、きっと心の底では憂いも悲しみもあるんだろうが、人が人を憎むより、昔から続く日々の営みと穏やかな暮らしを懐かしみ、未来に託すことこそ、実は大事なのだと、静かに語られた気がする。

仔馬が大好きなラバが語り手だったり(仔馬が視界に入った途端、ヘナヘナになる)、スターリンの宴席でサンドロおじさんが芸を披露したり、サンドロおじさんの父上がこれまた頑固一徹だったり、青年の頃のおじさん、老年期のおじさん、他民族が入り混じる故の諍いや、スターリン時代の恐怖政治もあったろうに、描かれているのはのほほんとした日常や恋の話だったりする。

ドタバタコメディもカッコいいサンドロおじさんの冒険談もいいが、私は最後の「大きな家の大いなる一日」が好きだ。1912年の夏、大きな家の庭の林檎の木の下。おばあちゃんから小さな孫までのそれぞれの家族と家畜、トウモロコシ畑の風景、昼食の準備をするお母さん、ロシア語の「ロビンソン・クルーソー」をアブハジア語にしておばあちゃんに語りかける少年。プロローグで、イスカンデルが語った言葉がここにはあった。「まえがき」と題したそこを最後まで読み終わった後、もう一度読んでみる。

思うに、私がこうした世界の一端にはじめてふれたのはこどものころのことだった。ある夏の暑い昼下がり、私はリンゴの木陰に敷いた牛の毛皮の上で横になっていた。ときおり風が吹くと、熟したリンゴの実が下の草地にぽとりと落ちてくる。
・・・・・・
この夏の日、風に揺れてかそけき音を立てるリンゴの実、従姉妹たちの声、まわりにある一切が永遠にこのままであってほしい-そう私は切に願った。
・・・・・・
ところで、いま私はこうしてこの本を書いているのだが、書けば書くほど、私はますます強く人々の生活の詩というべきものに惹かれていった。この小説には思慮のあるラバや勇敢な水牛が登場するのはそのためであって、これらの動物は人々の生活の嘘偽りのない目撃者なのだ。
・・・・・・・
チェゲムに帰って、一息つくのがいちばんだろう。本当のところ、私の究極の課題は、肩を落とした同郷の人々を元気づけることでしかなかった。くよくよしたってはじまらないのである。
・・・・・・・
私はこどもながらに、まだまだ多くの点で家父長的な、アブハジアの田舎の生活を垣間見、終生それを愛した。ひょっとすると、私は、失われていく生活を理想化しすぎているのかもしれない。それは大いにありうる。人間は自分が好きなものをかいかぶる傾向がある。失われていく暮らしのあり方を理想化することによって、ひょっとすると、私たちは自分でも気づかぬうちに、未来に下駄を預けているのかもしれない。私たちはこれだけのものを失った、さあ、未来は何を返してくれるのか、と問いかけているのかもしれない。
これらの問題は未来に考えてもらおう。もちろん、未来に考える力があればの話しだが。
関連記事
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://besideabook.blog65.fc2.com/tb.php/664-c5fbeb63

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

Calendar

<
>
- - - - - - -
- 1 2 3 4 56
7 8 9 10 11 1213
14 15 16 17 18 1920
21 22 23 24 25 2627
28 29 30 31 - - -

全記事

フリーエリア

フリーエリア