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ラテンアメリカ十大小説

スペイン語、特にラテン文学の翻訳でお世話になっている(?) 木村榮一さんの著書。最初は近くの新刊を扱う本屋さんで見つけ、唸った挙句、一旦棚に戻し、ところがそのすぐ後、いつも行く古本カフェのお兄さんに ”これ、読みました?”って聞かれちゃって、出てきた本がこれだった。自分が読み終わったら売ってくれるというのでいただいてきました。
ラテンアメリカ十大小説 (岩波新書)ラテンアメリカ十大小説 (岩波新書)
(2011/02/19)
木村 榮一

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私に翻訳の良し悪しが語れるわけじゃないけど、木村榮一さんの翻訳は好きだなあ。私の勝手な法則で、訳者あとがきがいい本は本も面白い、あとがきが上手い翻訳者の翻訳はいい、というのがある。一体何の因果関係が?と思うでしょうが(自分でもちょっと思う)、翻訳というものは、一旦翻訳者の手にかかったらもうその人の作品であって、原書は存在はするけれど、機械的作業ではない翻訳者の主観で創造された作品であるってこと。あとがきは翻訳者自身の言葉だから、それが上手い、好きだと思えれば、翻訳それ自身も好きになる。好きな作家と根本的に同じ。それに翻訳者自身がその本を面白いと思ってくれなきゃ、読む側にだって伝わらない、つまり翻訳者の思いが本を面白くさせてくれる。などと、常々えらそーに思っていたら序章にそんなことが書いてあって嬉しくなった。

本自体は「ラテンアメリカ文学入門書」的なものとして企画されたらしいけど、解説書風にはなっていなくて、どうみても木村榮一さんの ”僕の好きな作家たちを語る” というスタンスで書き綴られていて面白かったし、上っ面の知識を仕入れる本ではなく、いつものフィクションを読むような気分。十大小説と銘打っているので、かなりな大物が10人連なっている。ボルヘス、カルペンティエル、アストゥリアス、コルタサル、ガルシア=マルケス、フェンテス、バルガス=リョサ、ドノソ、ブイグ、アジェンデ、と錚々たる面々。

とてもアトランダムだけど、印象に残ったことを少々。

‐ フリオ・コルタサルがあるエッセイで語ったこと。「悪魔を見たり、何かのオブセッションに取り付かれると、どうしても振り払えなくなる、それを言葉で語って短編という形にしてはじめて、その呪縛から逃れられる」 つまり彼にとって書くことは ”悪魔祓いの儀式” だそう。 

- そのコルタサルが同じく短編の名手、オラシオ・キローガの「完璧な短編を書くための十戒」から学んだこと。「感情に支配されて筆を取ってはならない。いったんその感情を冷やした後、もう一度呼び覚ましてやらなくてはならない。それを最初の状態で呼び覚ますことができれば、短編は技術的な意味で半ば出来上がったといってよい。」 ってよくわかっていないけど妙に感心。

- ある宗教学者の言った時間の概念。「時間を直線としてとらえたのは、ユダヤ教とその流れを汲むキリスト教で、それ以外の宗教はほとんどが時間の循環説、円環説を取っている。」 直線として捉えると 「時間は継起、連続するものになり、すべての出来事はそのプロセスの中でただ一度きりのもの」 となる。その延長線上に理想の世界、ユートピアを設定し、それに向かって進むという発想は、確かに西洋的な上昇志向に繋がっているように思える。この概念から脱皮してラテンアメリカ小説で語られた時間の概念は、悲惨な事象や狂気は繰り返されるという循環説、そして時空を超えた自由な世界(マジックリアリズムってこれ?)。

こんな本を読んでいるとまたAmazonでポチってしまいそうであぶない。
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夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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