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一千一秒物語

ということで、すかさず稲垣足穂の「一千一秒物語」に行った。新潮文庫だが、私が読んだ版はこれじゃない。
410108601X一千一秒物語 (新潮文庫)
稲垣 足穂
新潮社 1969-12-29

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一千一秒物語 こっちです。

当たり前の話だが、ガイブンばっかり読んでいるとネット検索してもヒットしないものはホントにヒットしなくて、そんなに売れていないのかと心配になるが、日本文学なんて読み切れないほどヒットする。初めて読んだ稲垣足穂だけど、ちょっとググるだけで半生がだいたいわかってくる。ということで知った稲垣足穂の生涯だが、文壇に背を向ける人というのは、たくさんいたのだろうけれど、彼の場合は反骨精神というより、「他人に関心を持つのを恥と心得ている」といい、実際に彼ほど徹底的に確固たる信念を貫いた作家はいないのではないかと思えてくる。でも逸話や発言を書いていると面白くてやめられないので、本作へ。。。

「一千一秒物語」
「黄漠奇聞」
「チョコレット」
「天体嗜好症」
「星を売る店」
「弥勒」
「彼等」
「美のはかなさ」
「A感覚とV感覚」


段々難解になっていく構成。「A感覚とV感覚」というちょっとキワドイ美少年論は楽しめるものの、「彼等」や「美のはかなさ」はついてゆけず、完全に流してしまった。でもそれ以前の「一千一秒物語」から「弥勒」までは、夢中になって読ませていただいた。確かに私好みだ。ガイブンばっかりの私が読んでも、この無国籍、時代を感じさせないボーダーレス感は好みだ。日本的情緒や湿度や人肌の温度がない。鉱物的。久生十蘭を読むと、日本語というものはかくも美しいのかと驚くが、足穂を読むと日本語はかくも無機質になるうるのかと驚く。

何はともあれ、「一千一秒物語」。松岡正剛氏曰く、”ハイパーコント”。稲垣足穂が17歳くらいからちょこちょこと書いていたという、ショートショートの上をいく数行コントだ。そのシュールさ、クールさ、似非ものの月と星と人がドタバタを演じるその世界は、小さな舞台の展開を思い描いてしまう。機械仕掛けの月や星が、予測不能にかっとぶ。すべてが似非の人工物。その短い奇妙な話しに最初は驚くが、これってきっと削って削ってこれ以上は削れないというところまで、削った結果なのかなあ、とそんなことを思わせる。ニヤッと笑ってしまったりすることも多々ある。シュールでクールなくせにチャーミングでもある。きっと何度読み返しても楽しいだろうなあ。深読みなんてしなければ、子供に読み聞かせたっていいぞ。

「黄漠奇聞」は古代の王国の物語。神を恐れぬ、神を超えようとした王の物語。三日月を砂漠の果てまで追いかけていき撃ち落とすと、彼の王国は砂漠の中に跡形もなく消えていた。道徳的な比喩がありそうで、こんな話しって他にもありそうで、でも足穂の世界は何かがどこか違っていた。月は満月ではなく、三日月なのね・・・

「チョコレット」も童話風。チョコレートに入るように誘導された星の精。鉱物のように固くなりどうにも割れなくなったチョコレットを鍛冶屋に持っていき、叩き割ってしまうと、爆発して星の精は宇宙に飛んでいく。これも中編だが、ハイパーコントだ。

稲垣足穂は自分が生涯かけて書くものは『一千一秒物語』の脚注にすぎない、と云ったという。初めて読んだ者にこの意味は全くわからない。わからないが、折角なので『一千一秒物語』から一つだけ。「黒猫のしっぽを切った話」
ある晩 黒猫をつかまえて鋏でしっぽを切るとパチン!と黄色い煙になってしまった 頭の上でキャッ!という声がした 窓をあけると、尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた
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