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最後に見たパリ

吉田健一氏が「書架記」で、「パリに就て今までに書かれた無数の本の中での白眉」と褒め称えた本を、娘の暁子さんが翻訳。Elliot Paulはアメリカ人ジャーナリストとあるが、フリーランス記者で文芸雑誌編集者で、第一次大戦に従軍した際にヨーロッパへ渡り、その後パリに住み着いた。ナチスによるパリ陥落前にアメリカに戻るまでの約20年間過ごしたパリのユシェット通りというセーヌ左岸の庶民的な一角を中心として、そこで暮らす人々を描いた本だ。

最後に見たパリ
最後に見たパリ
posted with amazlet at 19.08.15
エリオット・ポール
河出書房新社
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登場人物が多くて、正直誰が誰だったか途中でわからなくなるのだが、職業も年齢も思想も国籍も何もかもが種種雑多な人々が次から次へと登場してくる。ここには、憧れの都パリの姿はない(だから、そんなロマンチックなものを期待してはいけない)。古きよき時代の庶民の日常であることは間違いないが、何が秀逸かというと、センチメンタリズムを排除した彼の文章なのだと思う。

第一部 「戦後の二十年代」
第二部 「戦前の三十年代」
第三部 「一国家の死」

正直云えば、第一部のあたりではどこかピンとこないものがあった。観光客や金持ちのいる場所ならいざ知らず、第一大戦後のこの時代のこの庶民的な通りは、真冬でさえろくな暖房器具はなく、薪さえ高価なので、庶民はただ寒さに耐えるしかなく、猫の毛皮で作ったミトンが唯一暖をとる手段であったりする。東欧から逃れてきたもの、ユダヤ人、無神論者、カトリック信者、政治思想も右から左まで様々だし、どの人も癖があり、感じのいい人ばかりでもない。でもそれはそれとして折り合って暮らしている。それは皆仲良くというのとは少々違い、適度な距離感を保ち、干渉せずに折り合っているのだ。決してほのぼのとした時代もないのだが、第二部になり、周辺諸国がキナ臭くなると、一転重苦しい空気が立ち込め、今までの淡々と描写されていた20年代が平和な時代であったことに気づく。

イタリアはにファシスト党政権下にあり、ドイツではナチスの台頭が始まり、スペインはフランコによる反乱から内戦へと至る過程、祖国フランス政府は無策で、イギリスは不干渉という名の傍観を決め込む。そして、第三部に至っては、庶民の暮らしは崩壊し、登場人物が一人また一人と亡くなっていく、まさに戦時中体制となる。これらを極めて冷静なタッチで書き続けていることが、この本のすべてだ。ことさら危機や不幸を煽ることもしないのだが、余計なフィルターをかけられていない分、読んでいる者は苦しくなってくる。

ユシェット通りの住民は、限られた行動範囲しか持たない人人の常として 大部分が視野が狭く自己中心的で、自分達を二つに分けている対立が 世界中に広がっていて、互いに死闘を繰り広げることによって世界を引き 裂こうとしている二つの相容れないイデオロギーを代表していることには気づいていなかった。

普通の人が、善も悪も、弱さも強さも含めて、普通に暮らそうと戦うこと。エリオット・ポールの一番の友、新進女優となった若きイアサントの悲痛な手紙でプツリと終わらせたのが、彼の悲しみを表しているんだろう。終始一貫、彼のセンチメンタリズムは隠されているだけに辛いエンディングだ。
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