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ヨオロッパの世紀末

吉田健一氏、どこから読んだらよいのかわからず、適当に見繕って集めているので、今回は、いや、これって初心者がよんじゃあ、いけなかった、と思ったけれど後の祭り。

4003319427ヨオロッパの世紀末 (岩波文庫)
吉田 健一
岩波書店 1994-10-17

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18世紀のヨーロッパこそが、ヨーロッパがヨーロッパたる由縁のその文明を完成させた世紀。19世紀末のヨーロッパは、ヨーロッパ=世界となった野蛮と卑俗の19世紀ヨーロッパに訣別し、真のヨーロッパの認識とその全時間を生きて豊饒な黄昏の光に輝く。著者を代表する名著。昭和45年度野間文芸賞受賞。

「明晰な晦渋体」と解説の辻邦生が述べている。よく云ったものだ。その後ネットで色々探しては読んでいるが、これだけ個性があると賛否両論あって面白い。18世紀のヨーロッパがヨーロッパたる文明を完成させた世紀とのっけから云われたら、もうその時点で私には手に負えないのだが、どうにか読み切ると、↑にあるような「野蛮と卑俗の19世紀ヨーロッパ」に声をあげていること、ヨーロッパの神髄は18世紀にこそある、これを論じているが、彼の理論は(主張は)、天才の独走に近い。独走いや暴走?それは何だか可笑しいのだが、最初から最後までこの本の中の吉田健一は不機嫌なんだな。そもそも彼は歴史を学術的に語るつもりはないのだろうから、不機嫌に吐き出せるだけ吐き出している様相に見える(でもそれが何だか可笑しい)。
そういえば、後記にこうあったんだった。

「最初はビアズレイの絵や象徴派の詩に就て多少詳しく書けば」と思ったが、「仕事を始めてそんなことですむものではないことが解つた。」「ヨオロツパに、何か解らないことがあつたらそれに就て一冊の本を書くといいという格言がある。これは本当のやうであつてヨオロツパに就て今度これを書いてゐるうちに始めて色々なことを知つた気がする。」

その彼が嫌いな(笑)19世紀は、帝国主義の中に国民国家の萌芽し、産業革命がおこり、科学が発展し・・・このどこが”野蛮と卑俗”なのか、結局理解できないまま終わってしまった。でも吉田氏は熱弁を繰り返す。彼は、「観念」を否定する、正確に云うと、観念が人間を支配する世の中を嫌う。観念ありきの政治・科学・経済活動を嫌う。生きた人間が不在の神でさえ観念となるような、抽象的で合理的な世を嫌う。彼はどこまでいっても人間の”生”こそが”生”を高らかに謳歌するのが好きなんだよな。

わからないなりに感じるのは、この人は酒を飲むことも、文学を愛することも、文明を語ることも全部同じだったんじゃなかろうか?そこに高貴も卑賎もなく、ただ美味い酒か不味い酒か、溺愛する詩か低俗な詩か、彼にとっての尺度だけを信じて、ノンシャランと生きた人だったのかと・・・ (今、のめり込んでいる最中なので、若干褒めすぎているとは思うが)

次は、酒や喰物ネタのやさし目の本を読んでみる。

ピンフォールドの試練

しつこく吉田健一。今回は彼が翻訳した英国の作家、Evelyn Waugh(1903-1966)。カトリックだそうだが、改宗したのが妻の不倫が原因で離婚した後という。一時何だか出版頻度が多い作家だと思っていたら、2016年が没後50にあたり、出版が相次いだそう。20世紀英国を代表する作家だというが、日本でももう少し取り上げられても良いのかもしれない。 

4560071969ピンフォールドの試練 (白水Uブックス)
イーヴリン ウォー 吉田 健一
白水社 2015-01-07

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中年の小説家ギルバート・ピンフォールドは倦怠に取りつかれ、酒や睡眠薬の飲み過ぎで記憶力も減退という状態がつづいていた。医師の勧めで転地療養をかねてセイロンへの船旅に出かけると、乗船早々、どこからともなく騒々しい音楽や牧師の説教、船内で何やら怪しげな事件が起きていることを示す会話などが聞こえてくる。声はやがて作家の悪口となり、さらには彼に対する悪意をむき出しにしたラジオ放送、ピンフォールド襲撃を計画する「愚連隊」一味など、船内のどこにいても、さまざまな声が彼を悩ませ始めた。手を替え品を替え、次々に仕掛けられる悪ふざけに途惑うピンフォールドだったが、その一方で、声の中には彼に熱烈な愛情を寄せる女性もいて……。幻の声、姿なき敵に翻弄される小説家の悪戦苦闘を皮肉なユーモアをまじえて描いた、ウォー晩年の傑作を吉田健一の名訳で。

1957年に刊行された作品というから、イーヴリン ウォー 晩年の作。中年小説家のピンフォールドはイーヴリン ウォー の分身として描かれているというが、イーヴリン ウォー の実生活も少々破綻気味だったようだ。自己との苦闘と読むこともできるし、20世紀半ばの社会風刺とも読める。一時代前の知識人・中産階級であるピンフォールドと戦後登場する世俗性との確執という面もある。舞台はほぼセイロンに向かう船の中で、そこに登場するのは、ピンフォールド氏のようなひと昔前の中産階級もいるし、ユダヤ人、労働者である非白人もいる。そこには明らかに差別意識が覗いている。

ブラックユーモアと云われてしまえばそれまでだし、ピンフォールドの薬物中毒症状による誇大妄想、一人相撲とすれば笑っていいのかもしれないが、私は正直あまり心地よく笑えてはいない。やや辛い思いで読み進めたくち。そもそもピンフォールド氏の自意識過剰ぶりが笑えないし(多分身近にいたらちょっとイヤな奴)、度を超えた悪ふざけも笑えない。ただイーヴリン ウォー が上手いなあと思うのは、その自意識過剰と悪ふざけを延々と描いていながら、陳腐にならず飽きさせもせず、そして意外にもあっけないエンディングを用意しておきながら、あとから思うと、そのエンディングこそがちょっと怖いってところか。。。結果から云えば、ピンフォールド氏は「試練」を乗り越えて、愚連隊連中をやっつけるわけだが、心身の回復を果たし、自分の書斎に戻った彼は、書きかけの原稿を前に仕事を始める。

今はもっと緊急を要する仕事があって、自分が経験したばかりの豊かな 材料は、ほうっておけば駄目になる心配があった。 彼は原稿の束を引き出しにもどし、新しい大判用紙を一帖、自分の前に 拡げて、彼のいつものしっかりした筆跡でそこに、
    ピンフォールドの試練
    1 中年の芸術家の肖像 
と書いた。

ダメじゃん・・・これはむしろ出口のない負の連鎖ではないのか?で、最後にこの自意識過剰な中年作家が結構したたかな人物であったということを思いだした。
ピンフォールド氏の趣味の中でいちばんはっきりしているのは消極的な性質のものばかりで、彼はプラスチックや、ピカソや、ジャズや、その他どういうものであっても、彼自身の生涯に現れたものはすべて大嫌いだった。
ピカソとジャズが並ぶのはよいが、そこにプラスチックも入るのか・・・ ピンフォールド氏は「試練」を乗り越えて、愚連隊連中をやっつけた、のではなく、相手が根負けしたんだ。

ということで、初イーヴリン ウォー はどう解釈してよいのやらわからかったので、『ブライヅヘッドふたたび』を勿論、吉田健一訳で読んでみようと思いっている。

ジーヴスと恋の季節

これは、吉田健一繋がり。嬉しいことに吉田健一氏はウッドハウスを読んでいる。そして英国の豪奢な朝ごはんについて、ウッドハウスの作品に言及している。え~~そうだっけ?と思いながら、久しぶりにウッドハウスの本を手に取ってみた。

4336049882ジーヴスと恋の季節 (ウッドハウス・コレクション)
P.G. ウッドハウス P.G. Wodehouse
国書刊行会 2007-12

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云われてみればなるほど、朝ごはん記述は何か所か登場していながら、ディナーはない、少なくとも、何を食べたとかそういう詳細はない。お茶の時間とサンドイッチなんかはある。そーか、これが英国上流階級の食生活だな。玉子にオレンジジュースに、キッパーに、トーストは絶対日本式の厚切りじゃなくうす~~いトースト・・・朝ごはんシーンには確かにそのメニューまでちゃんと描かれている。庶民代表の補足としては、田舎へ行けばB&Bでも所謂English Breakfastなるフルコースの朝ごはんが提供されるところも残っているだろうが、ロンドンあたりの庶民に手がでるB&Bでこれを期待してはいけない。兎に角、ロンドンのホテルはド高いし、これだけ払って、東京並み、もしくはそれ以下の狭い部屋しか提供されないことも多いと思う。そこにダイニングルームがあって、笑顔とともにEnglish Breakfastが提供されるなんてことは、昨今では希少価値だ。メシが不味いと評判の英国においても、このEnglish Breakfastだけは本当にすこぶる評判がよく、確かに朝ごはんは美味い。美味いが、一般庶民の朝がこんな風に始まると思うとそれは違う。ミルクティーと薄いトースト、もしくは、アメリカンなシリアル、以上だ。ウッドハウスの英国式朝ごはん使用方法は、美味いだけでなく、バーティーの云うところの、”どっぷりスープに首までつかった”状態から晴れて脱出したその暁にジーヴスが差し出す朝ごはん、これが大事で、これこそが、英国式朝ごはんをさらに輝くものにしてくれている。

このウッドハウスの描く世界は、吉田健一氏が述べていた英国の世界で、彼がウッドハウスを読んでいないはずはないが、吉田氏ほどイギリス文学に精通した文士であれば、ウッドハウスの作品に1ページに少なくも一ヵ所は登場する詩やシェークスピアからの引用は、彼を楽しませたに違いない。当たり前のことだが、私は邦訳を読んでいるので、丁寧に出典元はカッコ書きで記載されており、あゝそうなのね、と気づくが、そうじゃなかったら気付けない。キーツもコールリッジもテニスンもシェイクスピアもかすったことさえない。つまり、ウッドハウスを読んで、そのドタバタ騒ぎにキャッキャしてる程度ではダメで(笑)、シェイクスピアにニヤッとするレベルになって初めて、ウッドハウスを極められるんだな。吉田健一氏にはきっとそれが出来たはずで、それができる階級は、パブリックスクール時代に、漏れなく叩きこまれる詩の暗唱なんだろうが、これは階級によっては最低限の知的エチケットにみえる。

えっと、本題に関しても少々。
「ジーヴスと恋の季節」となっているが、これはジーヴスの恋物語でもバーティーのそれもない。4組のカップルの恋の行方と、それをどうにかしてやろうといういつものバーティーのお節介の話し。4組の組んず解れつのドタバタに加え、バーティーが学友ガッシーになり、ガッシーがバーティーになり、執事もついでにとっかえるというおまけつき。さらに叔母さん/伯母さんアレルギーのウッドハウスが今回、1つの館に5人の叔母さんと伯母さんを投入してきた。館の若き当主はそんな強力な面々に逆らえず、そんな情けない姿に婚約者が愛想を尽かす寸前だ。最後はシェイクスピアの「真夏の世の夢」のごとき、大団円を迎え、カップルたちは幸せになる。エンディングで、気弱な当主が毅然とした態度で、おば様方をシャットアウトするシーンはちょっと感動してしまった(その場にいたら、嬉しくて泣いてしまったかもしれない)。

久しぶりに読んだウッドハウスだが、このスピード感は他の本では味わえない。目が醒めるんだな。そして目が覚めたら美味い朝ごはんが食べたくなる。

英語と英国と英国人

その名は知っていたが、そしておそらく、翻訳の2冊や3冊は読んでいるだろうと思うのだが、ずっとスルーしてしまった吉田健一氏が、突如湧いて出てきた(どこから湧いて出てきたんだか??)
こんな紹介をすると、とても失礼なのだろうが、とは云っても、彼の場合は枕詞のように”あの吉田茂の息子”と、紹介されてしまう。この本を読んだ後は実感としてよくわかる。それはとても失礼な紹介だ。

4061961772英語と英国と英国人 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
吉田 健一
講談社 1992-04-28

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1912年(明治45年)生-1977年(昭和52年)没。父の転勤に伴って、子供の頃は、中国、パリ、ロンドンに滞在、1926年(大正15年)日本に一旦戻る。ケンブリッジ入学は1930年(昭和5年)、翌年中退。その後東京アテネフランス入学。お家と家系を見れば、相当なボンボンで、相当な変人だったと、松岡正剛氏は書いていた。(松岡正剛の千夜千冊) 

タイトル通り英語と英国と英国人についての42のエッセイだが、英語なんて・・・の類は、きっと↑の松岡正剛氏のサイトを読んでもらえばいい。至極納得の言い分だが、あまりにレベルが高すぎて、納得はするけど、膝を叩いてそうそう、とは云い切れない。とはいえ、英語を話す日本人の似非ぶりをこき下ろすところは爽快だ(なんでも、英語を話していることを意識して、意識過剰になって話すヤツは、鼻がピクピクするらしい)。天邪鬼な云いっぷりといい、まさにボンボンで変人だったんだろうと思う。
英国と英国人についても、そうそうと膝を叩けるものもあるのだが、滞在しているホテルから、お付き合いしている階級まであまりにレベルが高すぎて、つまり、私なんぞは、吉田氏のような英国とは・・・を事前知識として仕入れて渡英したら、なんだ、庶民はまた別じゃん・・・と思った方なので、これはなんとも云えない。

と、ここまでは前置き。日本人が書いた日本語でありながら、読み始めになんだか違和感を感じた。1/3位で慣れたが、解説で柳瀬尚紀氏が書いてくれていて、ああ、そうか、と気づいたのが、吉田健一の句読点。これでも編集者に云われて増やしてはいたんだろうが、とにかく句読点がない、正確には異常に少ない。英語とフランス語が先行した彼は、ケンブリッジから戻って文士を志したが、”日本語の書き方がわからない”。ましてや句読点の打ち方などもっとわからない。もちろん、文字通り日本語が書けないわけではないのだが、ケンブリッジを中退してまで、故国に戻って彼がやりたかったことは、何だったのだろうなあ、という疑問とこの句読点はつながっているように思うのだが、どうだろう?言葉というものは、紙に書かれていようが、発している限りどこで息継ぎをするのかは、とても大事なことだったんだろうと思う。英国の詩を浴びるほど読み、暗誦した彼が、改めて母国語に触れた時の言葉の原始的な疑問であったのかも知れない・・・ と、1冊しか読んでいない私は、取りあえずこんな風に今考えている。

まずい・・・ 吉田健一はクセになる。

王道の桜

小田原で桜の王道といえば、小田原城址公園の桜。私個人は王道は避けて通るタイプで、もチョット隠れスポットもあるんだけどね、と云いたいところだが、まあ、今回は王道で。。。
昨日金曜日の夜の気軽さから、父の世話を終えて、家に帰る途中夜の9:00を回ってからお城近辺に愛車で(二輪ですが)で寄ってみた。一体どのくらいの人出なのだろうと思ったら、私の桜人出基準がまだまだ東京らしく(上野とか、目黒川沿いとか、谷中墓地とか)それと比べたら、なんということはない。ま、ほとんどは地元の人だろうから、こんなもんだよね。

桜の時期、城址公園はライトアップされる。まずは、お濠沿いを一枚。
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これもお濠から。遠くに天守閣が見える(わかるかな?)
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これが一番見事だなァと思った一本。この大きさからいって、かなり昔からある1本だと思う。水面に映る姿がまたよろし。
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違う角度でもう一枚。
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さて、お濠の周りをフラフラして終わりにしようか、天守閣近くまで行くべきか迷い、公園の正面ではなく、裏側から攻めてみた。この裏道は、昔からほとんど変わっていなくて、気に入っている道で、昨晩は人なんか歩いちゃいなかった。これが、天守閣の裏だが、肝心の桜は真っ黒に写ってしまった。
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今日改めて昼間に同じ場所を通ったら、当たり前だが、もンのすごい人がいて、びっくりしたが、昼間見ると何だか桜だらけだなァ、という印象。悪いこっちゃないが、量で攻めている感じがチト辛い。昔はこんなに桜の木はなかったような?と思ってよくよく見ると、大木の隙間に若い桜が混じっている。観光名所に仕立てるため、かなり昨今新たに植えたようだ。まあ、それはそれで見事なのだが、桜って”私の1本”があるような気がして、それはこれでもか!の桜もあるし、たった1本の桜の木もあるし、川辺の1本もある。私の今の1本は、実は自分のアパートの窓から見える1本で、どうということはない1本なのだが、毎日見ている景色が少しずつ桜色に変わる景色が楽しみで、今日も家からしみじみと、そして改めて見ていた。

鏡の前のチェス盤

Massimo Bontempelliは、「わが夢の女」という本を以前読んだことがあった(ということを思い出した)。これは一応児童文学らしいが、児童文学のフリをしているだけかもしれない・・・ 長めの解説を入れても180ページで、目に優しい光文社古典新訳文庫、それで800円也はちとコスパが悪い。
4334753574鏡の前のチェス盤 (古典新訳文庫)
ボンテペッリ 橋本 勝雄
光文社 2017-07-11

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10歳の男の子が罰で閉じ込められた部屋で、古い鏡に映ったチェスの駒に誘われる。不思議な「向こうの世界」に入り込むと、そこには祖母や泥棒、若い男女らがいて…。鬼才セルジョ・トーファノの挿絵との貴重なコラボが実現した、20世紀前半イタリア文学を代表する異世界幻想譚!

セルジョ・トーファノの挿絵がいい。この人、イタロ・カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』の挿絵も書いていて、あ~~そうそう、と思い出した。いや、とにかく挿絵がいい。というのは、「わが夢の女」ほど意外性はなく、あっさりと終了してしまった。オチも夢から醒めたら・・・パターンだ。もっとも裏読みをすれば、いくらでも毒や棘を見つける(勝手に思い込む)ことは可能。ただ、その毒や棘を裏読みしないとなると、「わが夢の女」ほどの際どさはないので、それが”あっさり味”という結果になる。

チェスが全く分からない私としては、それがモチーフに使われるのは辛いところだ。チェスの駒がヒトのように動いたり喋ったりするので、将棋の駒に置き換えてもちょっと違う。チェスのキングは鏡の世界でもやっぱり王様で10歳のボクに鏡の世界を解説してくれる。一方、鏡の世界の住人は、ヒトもいる。鏡に映ったものは、漏れなく鏡の世界の住人となり、時も止まり、だから歳もとらない。そして鏡の世界は何もない。海も森も食べる必要もなく、全く何もなく、その何もない世界は上手く想像できないのだが、ではそこの住人が何をしているのかというと、道具も何も必要のないダンスに興じていたりする。という摩訶不思議なパラレルワールドなんだな。

鏡をモチーフにした物語は古今東西色々あるが、(このブログで書いたことがある気がするが)鏡から連想されるものは、私にとってはいまだに「ヒミツのアッコちゃん」 by 赤塚不二夫なんだが、鏡って子供の頃はなんだがちょっと怖かった。確かに鏡の向こうには似て非なる別の世界がある気がする。そこに写るものは、同じはずなのに、別の人格が宿り、そして夜になるとカラカラと音を立てて、踊りだす・・・・ ってな妄想を子供の頃に持っていたことを思い出した。これは一応児童文学だが、現代っ子たちもこの本を読んだら、そんな空想をしてくれるといいなあ。。。 (大人になると想像できなくなっちゃうからね)

ジャコメッティ

針金細工のような彫刻で有名なAlberto Giacomettiは、スイスのイタリア語圏で1901年に生まれた。1922年にパリに移り、戦時中は一旦スイスに避難するが、それを除けば、生涯をフランスで過ごした。日本人哲学者である矢内原伊作によるこの『ジャコメッティ』は、矢内原が1956年にジャコメッティに出会い、彼のモデルを務め、その後1961年にかけて5度の夏をパリでジャコメッティとともに過ごした記録だ。
4622044145ジャコメッティ
矢内 原伊作 宇佐見 英治
みすず書房 1996-04-20

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ジャコメッティに関する本は、本人のものも含め数多あるが、何故かこの本をかなり長いことAmazonの欲しいものリストに載せていた。何といってもみすず書房、元の値段がそもそも高いし、この手の本は値崩れしにくい。一瞬下がった時にすかさずポチッた。稀代の芸術家+哲学者+みすず書房の組み合わせは、最初恐れおののいたが、読み始めたら矢内原氏の何とも素直な文章にするすると入っていけた。ジャコメッティの展覧会は日本でも開催されたことはあるが、それはすべて逃し、唯一私が見たのは、何と1990年の夏のヴェネツィア。たまたま遭遇したのであるが、驚いて(嬉しくて)そこで見たのが最初。だが、私の先入観が”針金細工彫刻の人”だったため、その記憶しかない。この本で、矢内原氏はジャコメッティのモデルを務めたわけだが、それはデッサン及び油絵のタブローだ。

今回初めて知った人間ジャコメッティは、凡人からすると日常が破綻している人だ。生前に既に売れっ子になっていたにも関わらず、住まいはパリの下町の汚くて狭いアトリエ暮らしで、キッチンもないジャコメッティ夫妻は食事はカフェで食べることになる。が、食事といってもゆで卵という質素ぶり。オンオフの区別もなく、創作活動に没頭する彼は、睡眠もろくに取らず、創作の邪魔になるような訪問者は躊躇なく追い返す。人生すべては芸術のために生き、そのストイックさは度を超えている。作品はいつまでたっても完成せず、作っては壊し、また作っては壊す。完璧を求める彼には完成はない。すごいのは、それでも疲れを知らず、眠ることも惜しんで、生涯創作を続けることだ。発する言葉は、自己否定ばかりなのだが、きっと彼は苦悩を叫びながらも全くもって不幸であるどころか、むしろ幸せに見える。

「今日はずいぶん進歩した しかしまだまだ全部が嘘だ
見えている顔はこんなものではない
明日こそは 少しは正しく描くことができるだろう
早く明日になればよい!」


「それは鼻の先端から始めなければならないということだ。顔のすべての部分は鼻の先端から始まって背後に向う動きの中にある、鼻は一つのピラミッドだ。上から見たピラミッドを描くことさえできたら、他の部分は自然にできあがるにちがいない。」

「空間の正しい深さは薄く塗ることによってのみ達せられるのだ。これは矛盾だ、しかし矛盾だからこそ試みる価値がある。」

こんなことを毎日毎日叫ぶ、否、毎分毎分叫び続けている。

ピカソの絵の前で呟いた。「これはポスターだ、ポスターとしてはよく出来ている。」

「今日の他の画家たちがどういうつもりで、そしてどういうふうにして仕事をしているのか、私には全然わからない。彼らはタブローを作るために描いている、つまりタブローをオブジェとして作っているのだ。オブジェは限られ閉ざされたものだから彼らはすぐ行きづまる。一つの仕事をどこまでも続けて行くことができない。しかし絵画にせよ、彫刻にせよ、本当の芸術はどこまででも続けて行くことのできるものなのだ。」


何が本当の芸術かなんて、私には語れないが、少なくとも彼はどこまでもいつまでも本当の芸術を求め続けることができた人だ。打算をせず、名声に目を向けない芸術家など(芸術家に限らず)いるはずはないと思っていたが、彼は或る意味望まずして名声を得てしまったのかもしれない。

「今日のほとんどすべての画家は、主観をすてて自然を忠実に模写するかわりに、ひたすら主観を表現しようとする。絶えずこれまでになかった新しいものを求め、他人に似ることを恐れて個性的であろうとする。結果はどうか。今日の展覧会で見たように、現代の画家は千差万別のようでいて不思議にどれもこれも同じように見える。個性的であろうとしてかえって非個性的になっている。新しいものを求めながら古いものを繰り返している。(中略)アブストレの若い画家たちの多くは自然を模写すれば通俗的になると思い、通俗的になるまいとして主観的個性的な絵を描こうとする。ところが実は、それによってかえって通俗的になっているのだ。事情は全く逆だ。セザンヌは個性的であろうなどとは少しもしなかった。彼は主観を捨てて自然を忠実に模写しようとしたのだ。しかも結果においてセザンヌの絵ほど個性的なものはほかにない。」

主観を捨てる、個性的であろうとしない。彼の意味することは、ひたすら自然やモデル実物本人を忠実に見つめることからすべてが始まり、それ以上でもそれ以下でもなく、そしてそれが最も難しいことだという。その意味で彼は被写体に対して物凄く謙虚であったのだと思う。芸術とは即ち、自己表現だというのは私の(現代の私たちの)勝手な思い込みであって、目に見えるものを見える通りに描くことこそが、彼にとっての理想の形であった。ただ、これは写実的であることではない。それなら写真でいいことになる。見える通りに描くその眼はジャコメッティの眼だ。捨てたはずの主観が、自分の眼で忠実に見続け、作っては壊し、作っては壊して行った先に、比類なきジャコメッティだけの世界ができていた。

Appendix

プロフィール

Green

Author:Green
夜な夜な本読む・・・日本語は海外文学ばっかり。英語はフィクションばっかり。喰わず嫌いでどこまでいけるのか?

流行りモノとか、人気モノとかすっかりどうでもよくなり、本と散歩とあとはぼぉ~~っとすることだけが今の楽しみ(それでいいのか?)

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